07


 窓から差し込む明かりが眩しい。
 気が付けば朝になっていて、昨晩の大雨は嘘のように消え失せ、澄んだ青空が広がっていた。
 小さな洗面所でディックは顔を洗う。備え付けのタオルで顔を拭き、少し曇った鏡に映る顔を見た。
 血に濡れた筈の顔は、何も付いてない。只、酷い顔をしている。

 ディックは、明らかに寝不足の顔で一階に向かった。すると、うろうろしている、宿の店主がいた。
 こちらに気付くと足を止めて、挨拶をしてくる。会釈を返して、ディックは尋ねた。

「どうかしたんですか」
「いえ。……そのう、娘が帰ってこなくて。お客様は……あまり昨晩は、
眠れなかったのですか?」
「大丈夫です……雨音がきつかっただけで」
「ああ、昨晩は酷かったですもんね」
「それより、娘さんいないんですか」

 男は「ええ」と頷いた。心配そうに時計を見上げる。時刻は七時を回った頃だ。

「その……朝食に使う食材を採りに、山に行っていまして。以前は私が行っていたんですが、
昨晩、行きたいとごねましてね。危ないので、反対したんですが……」
「よく、山に行くんですか?」
「ええ。時々、山菜の他に川魚を採りに……でも、近頃嫌な感じがするので、
ここの所は行っていなかったんですが、昨日、突然そんなことを言ったんです。それで、
お恥ずかしながら、少々親子喧嘩がありましてね」
「その山はどちらに?」

 男に教えられた山は、アルス山といい、ベルボーンの裏手にある大きな山だった。
 山菜や山の小動物、山の中にある川に生息する魚を、捕獲する為に登る人も多く、
 そうした人々が作った道があるらしい。ディックは魔剣を携え、その山道を駆け上がった―――

「ねえ、やっぱり止めようよ。子供だけで外に出たら、お父さん達に叱られちゃうよ」

 気の弱い少年の言葉に、大将格の少年が食ってかかる。

「今更何言ってんだ。此処まで来たんだぞ。帰るんだったら、おまえ一人で帰れよ」
「そ、そんな無茶なこと言わないでよ……」

 言い争いを始める二人を、少女が睨みつけた。

「そこ二人うるさいよ。騒いで、魔物に見つかったらどうするの。あなたも腹を括りなさいよ。
ここまで来て、まだうだうだ言っているの?」
「だ、だってぇ……」
「怖くなんかないわよ。だって、ここにはディックがいるのよ。あなた達なんかよりも、
ずっと頼りになるんだから、きっと大丈夫よ」
「おい、さりげなくおれのこと、悪く言うなよ」

 少し笑いが生まれた。そして、その直後に事件は起こったのだ。突然現れた魔物が、
 一番手近にいた、その少女に襲いかかったのだ―――

 山に入って、ディックはすぐに気付いた。空気がピリピリと痛い。魔物が密集しているのだ。
 戦う力のない子供に、出来ることなんて何もない。魔物に遭遇すれば、只の子供であれば、
 成す術も無く、すぐに殺される。



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