05
「あ、そうそう。この宿のことだけど、部屋に簡単な洗面所とお風呂はあるよ。
食事は、さっきのカウンター横切った先に、食堂があるから。狭いけどね、そこで食べてね」
「ああ」
リタはどうにもお喋りな性格らしい。話題は止まることが無かった。
「お兄さんは旅人さん? たまにね、ウチにも来るんだよー」
「いや。仕事の途中で寄ったんだ」
「へえ。お仕事だったら大変だねえ。あ、ここがお兄さんの部屋だよ」
そう言いながら、リタが鍵穴に手に持った鍵を入れて回した。内側に扉を押し明けて、中に入っていく。
ディックも続いた。前掛けエプロンからマッチを取り出してから、リタは背伸びをしながら、
マッチを擦った。そして、ウォールランプに火を灯そうとする。危なっかしいその動作を、
見兼ねたディックがリタからマッチを取り上げ、ウォールランプに火を灯す。
暗い部屋は、暖かい橙色の明かりで包まれた。木で作られた簡易なベッドが二つ横向きに並び、
その奥側のベッドの側には、窓が一つついている。入口付近には小さな洗面所と鏡があり、
洗面所とベッドの間は、手作り感の溢れるパーテーションで仕切られていた。
「ありがとう、いつも手間取っちゃうんだ」
照れ臭そうに笑うリタに、ディックはマッチ箱を返す。
「食事はあたしが作ってるんだ。あとで、食べに来てね」
「ああ。ありがとう」
頷いたディックに笑い掛けて鍵を手渡し、「ごゆっくり」と言い残して、リタは部屋を出て行った。
ディックはホックを外して、ずぶ濡れのマントを、パーテーションに引っ掛けた。
受け取ったタオルで、濡れた赤い髪を乱暴に拭く。窓を叩く音がして目を向ければ、
矢のような勢いで雨が窓に叩き付けている。滝のように流れ落ちていた。窓を叩く音の正体はそれだった。
リタに言われた通り、食堂に向かえば、カウンターの内側にリタが座っていた。
絵本を読んでいる。拳を握って軽く壁を叩けば、リタが顔を上げてこちらを向いた。
ぱあっと顔を輝かせる。
「いらっしゃい、さっそく来てくれたんだね」
「……この宿は、君と親父さんの二人だけか?」
「そうだよ。お母さんはいないんだ」
絵本をカウンターの下に仕舞い込んで、リタは言った。
「あたしが小さい時死んだんだって。でも、お兄ちゃんがいるんだよ。ここにはいないけどね」
そう言いながら、リタが次に取り出してきたのはメニュー表だ。二種類の料理から選ぶものだった。
注文したものに取り掛かりながら、リタはちょこちょこと、テーブルに着いているディックに、
わざわざやってきては話しかけてきた。
「お仕事って言っていたけど、何をするの?」
話しかけてくるリタに、ディックは無視することもなく、答えていた。
「魔物退治だよ」
「そうなんだ。あたしのお兄ちゃんも、魔物退治のお仕事しているんだよ。
アストワース支部って所で、働いているんだ。だから、そこのお金で、お店に仕送りしてくれてるの。
お兄ちゃんはね、ほんのたまにだけど、帰ってきてくれるんだ。いつも、かわいがってくれるんだよ」
「仲が良いんだな」
「そうなの! でも、この半年、会ってないなあ。魔物と戦うのって、怖いと思うんだけど、
魔物退治する人って凄いよね」
「そうだね」
リタの話はなかなか止まらない。
「お兄さんは、どこから来たの?」
「ギルクォードからだよ」
「ふうん。そこって、ベルボーンから遠い?」
「少し、距離はあるかもね。火は、見に行かなくて大丈夫?」
そろそろ疲れてきたのでそう言うと、リタは慌ててキッチンに戻っていく。
そして少し待てば、少し焦げてしまった料理が出てきた。少々苦いが、食べられないこともない。
綺麗に食べ終えたディックは、カウンターに食器を持っていく。
「ごめんね、焦げちゃって。でも、いつもはちゃんとしてるし、美味しいんだよ。
……あ、えっと、朝ごはん食べるでしょ。明日、あたし頑張るから。
これが、普通だと思わないでね」
「うん。ごちそうさまでした」
食器を受け取ったリタは、それを流しに持っていく。
「ここからオレアンって遠いの?」
水洗いをしながら尋ねるリタに、ディックはもう少し付き合うことにした。
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