04


 ベルボーンに限らず、魔物ハンターや旅人の為の宿は、どの町にも点在していた。
 ディックは、とある宿の前で足を止めた。軒先からは、黒い看板がぶら下がり、風に吹かれている。
 外装には気を配っているのか、入口付近には花が植えられていた。どれも、激しく降りつける雨に打たれて、
 そのうち茎が折れてしまいそうだ。

 扉を開ければ、中は明るい光に包まれていた。カウンターに立っていた初老の男が、
 顔を上げてこちらを見る。丸い眼鏡の奥で、細い目を更に細めた。

「いらっしゃいませ」

 そう言うと、男は後ろの扉を開けて何か言った後、口元に営業的な笑みを浮かべて、
 小走りでこちらに駆けてくる。そして、深々と腰を折った。

「お足元の悪い中、よくぞお越し頂きました」
「予約していませんが、大丈夫ですか」

 玄関口から、ディックは動かない。フードや髪から、雨水が静かに落ちていく。
 丁度そこへ、少女がやってきた。手に持っていたタオルを、初老の男に渡す。
 男はそのタオルを、ディックへと手渡して頷いた。

「勿論、大丈夫ですよ。今日はどの部屋も空いておりますし、お好きに使い下さい」

 受け取ったタオルで、簡単に水気を拭き取ったディックを、男はカウンターへと案内した。
 そこで、差し出された書面に女性のように綺麗な字で、名前と人数、そして日数を記入する。

「では、お部屋に案内致します。リタ」

 男が名前を呼ぶと、カウンターの内側からさっきの少女が出てきた。
 年齢は、ティナとそう変わらないように見える。長い金色の髪を、前髪と一緒に一つに束ねていた。
 少し丸っこい顔や、くりくりとした茶色の瞳は、愛嬌の良さを感じさせる。

「お客さん、こっちだよ」
「リタ、言葉遣いに気を付けなさい」

 そう声を上げる男を無視して、少女は階段を上がっていった。申し訳なさそうな顔をする男に会釈を返し、
 ディックは少女の後に続いた。リタと呼ばれた少女は、階段を上がりながら、
 後ろを歩くディックに話題を振りかけた。

「雨、強かったでしょ。急に降ってきたもん。あたしもちょっとびっくりしちゃった」
「そうだね」
「あたし、この宿の一人娘なんだ。リタ・メイシーっていうんだよ」
「そうなんだ」

 リタは指に鍵を引っ掛けて、くるくると回しながら通路を歩く。歩きながら彼女が語るのは、
 さっきの男のことだった。予想通り、彼は少女の父親らしい。

「お父さんったら、いつも口うるさいの。言葉づかいがどうとか、食事の仕方がどうとか、
女の子があぐらを掻くなとか、そればっかり!」

 ぶつぶつとぶつけてくるその愚痴に、ディックは目を伏せる。そう口煩く言ってくる存在が、
 今は鬱陶しくて仕方がない年頃なのだろう。失ってしまえば、そんなやり取りなど、
 もう出来ないというのに。無くさなければ気付かない。子供は、その有り難さがまだ分からない。
 それは、致し方のないことであった。



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