03


 やがて、どれほど歩いただろうか。
 時折飛び出してくる魔物を斬り殺し、魔力結晶を放置しながら、進むこと半日。
 陽が暮れて、辺りが闇に包まれると同時に、ぽつぽつ小雨が降り始めた。
 それが勢いを増すのに時間は掛からず、あっという間に本降りへと変わった。
 ディックは、マントに付いているフードを被る。雨の所為で見通しが悪い。

 雨水を蹴飛ばしながら、ようやくディックは、石壁に囲まれた町を見つけた。
 ベルボーンである。その土地によって、壁に使う石は異なっている。ギルクォードは、
 灰色がかった暗い石で出来た壁であったが、ベルボーンは明るい茶色や白の混じった石が、
 高く積み上げられていた。石壁に埋まった、木の板を叩く。少しして、小さく板が外され、
 そこから訝しげな顔つきの男が顔を覗かせた。強い雨の中、目元に影が落ちる程、
深くフードを被った男が、立っているのだ。怪しむのも無理はない。

「誰だ?」

 そう尋ねる声には、警戒心がひしひしと感じられた。ディックは、ギルクォードで発行された住民手帳を取り出し、
 依頼書と一緒に、男に手渡した。雨で少し濡れてしまったが、中に目を通した男は、すぐにそれらを返してくる。

「開門するから、少し待て」

 男の言葉に従い、そこで待つこと数秒。固く閉ざされていた木の扉が開き、中へと続く道が見えた。
 ディックは更にフードを深く被って、ベルボーンへと足を踏み入れる。天候の所為か、
 町を歩く人は少数だった。背後で、扉が大きな音を立てて閉められる。振り返れば、
 先程顔を覗かせた男は、フード付きのローブを纏いながら、雨に打たれてそこに立っていた。
 男の側には、簡易な矢倉がある。そこにも一人立っており、そうして魔物の襲撃などに備えているのだろう。
 その仕組みは、ギルクォードと同じだった。

 雨水を吸った靴が気持ち悪い。ディックは雨に打たれながら、ベルボーンを歩く。
 時計なんて持っていないので、今が何時頃かは分からない。近隣の住宅からは、
 暖かい橙色の光が漏れている。楽しそうな談笑も聞こえてきた。そのことから、
 夕食時なのだというのは理解出来る。

「……」

 ディックは目を閉じた。蘇るのは、母と過ごした家のことだ。一つの箇所に長居する生活ではなく、
 自分も母も殆ど物を持たなかった。そして、魔物に襲われて亡くなった家族の家を、
 借りることが多かった。家に帰れば、母が不慣れな料理に勤しんでおり、

「おかえりなさい」

 と、柔らかな微笑と声で出迎えてくれる。

「もう出来るから、待っててね」

 そう言われ、小一時間程待てば、母の作った料理がテーブルに並んだ。いつまで経っても、
 改善しない不器用な手際で調理を進め、危なっかしい手付きの包丁で、切った野菜は、
 どれも形がばらばらだった。たまに、しっかりと火の通っていないものもあった。
 そんな時は、酷く申し訳なさそうな顔をするのだが、どんな出来栄えであれ、
 その静かで穏やかな時間は、ディックにとって、とても大切なものだったのだ。

「……」

 目を開ける。雨の音が蘇ってきた。ディックは無言で、歩き出した。過去を思い出しても、仕方がない。
 それは過ぎ去った記憶なのだ。思い出して懐かしんでも、取り戻すことは出来ない。

――それを壊したのは、俺なんだから。




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