06


「そうだったな。手伝う?」

 今度はちゃんと言葉にして、そう尋ねるディックに対して、シェリーは「いや」と、かぶりを振った。

「あたし一人で充分だよ」
「だろうね」

 ディックとシェリーが、ほぼ同時に同じ方向へ顔を向ける。
 このギルクォードと、ル・コートの村を挟む、トスカーナ山の方角だ。その山の向こうから、黒い影がやってくる。
 鳥のような蝙蝠のような、そのどちらも掛け合わせたような、不格好な魔物の群れだ。
 それを見て、シェリーは小さく鼻を鳴らす。

「なるほどな。知能が低そうだ。あたしのことも理解出来る筈がない」

 知能の低い魔物もまた、力の弱い魔物と同様に、持っている魔力結晶は貧相なものだ。
 奪うことすら、愚かしい。この時計台を超えれば、ギルクォードの中心だ。
 魔物の群れが目指しているのはその中心か、それともルクレール鉱山を超えるつもりなのか。
 どちらにせよ、領域を無断で横断する魔物を、シェリーが見逃すことはない。
 彼女は、自分の領域を侵す者を非情に嫌う。

 その魔物の群れが時計台に、いよいよ近付いてきたとき。
 シェリーはゆっくりと手を振りあげて、指を鳴らした。その途端に、どこからか現れた青白い炎が、
 シェリーの細い腕に絡みつく。そして、とぐろを巻いて上空へと吹き上がった。凄まじい熱風に、
 ディックはヒリヒリとした痛みを、顔に感じた。赤い髪が、シェリーの放った炎に照らされて、
 怖いくらいに鮮やかに輝いていた。ディックの見ている前で、シェリーの放った青白い炎が渦となり、
 魔物の群れを飲み込んでいく。抗うことも出来ず、逃げ道もない炎の中を、魔物達は騒ぎ立てて逃げ惑っていた。
 ディックにはその様子がよく見えた。逃げ場を失った魔物は、次々と業火に焼き尽くされ、
 黒い塵へと変わっていく。そのたびに、バラバラと色の無い魔力結晶が、落ちていった。

 やがて、青白い炎が消え去り、その場には夜の闇と静けさが戻ってきた。
 あれだけ群れていた魔物が、一匹も見当たらない。一匹残らず、シェリーは自慢の業火で焼却したのだ。

「お疲れ様」

 そう声を掛けると、シェリーはこちらに顔を向けた。薄笑いが浮かんでいる。

「まだだ。この騒ぎの中、ここに誰か入ってきた」
「時計台に?」

 確認するように尋ねると、シェリーは静かに顎を引いた。

「ギルクォードの人間じゃないな。血に塗れた流れ者だ」
「俺が行くよ」

 やれやれという感じで、ディックが腰を上げた。
 魔物の巣食う森や山を超えて、ギルクォードを目指す旅人は、この時計台に足を踏み入れる。
 魔物から身を守る為に、人間は屋根や壁のある場所で、休むことを好んだ。また、
 雨や雪の強い夜も、こうして入り込んでくる者も多い。

 絶対安全とは言い難いが、それでもまだ安全とも言える町村を出て、旅をする人間は、総じて攻撃的だ。
 それは、日々魔物と命のやり取りをしているからに、他ならない。以前、シェリーが出て行ったとき。
 入り込んできたその人間とシェリーが、戦闘になったことがある。
 勿論、圧倒的な実力でシェリーに軍配が上がったが、その後処理は非情に面倒なものだった。

 けれども、最近では、逃げてきた人間の方が多いことが、ディックには少し引っかかるものだった。
 シェリーも、ここに足を踏み入れる人間が多いことに、不満を感じているようだ。

「なんとか、ここを去ってもらうように言うから」

 部屋の出入り口に向かいながら、ディックが言う。

「シェリーは待ってて」

 ディック自身、彼女を強く信用し、大きな信頼を寄せてはいた。しかし、あまり人間と交戦して欲しくないと思っている。
 シェリーの強さを知っているので、彼女が負ける筈無いと思っているが、心に浮かぶのはそれだけではない。

 二階のその部屋を一歩出ると、途端に湿った埃の臭いやカビ臭さが、鼻腔を突いた。
 崩れそうな石の階段を降りると、小さな物音が聞こえてきた。ランタンの橙色の灯りが、
 暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。中を探るように、あちらこちらとゆっくりと動いていた。



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