07
オズバルドは、コートのポケットに手を入れて、茶髪と金髪が入り混じった、頭髪を揺らしながら歩く。
その口には、棒付きキャンディーがまた咥えられていた。苺の味を堪能しながら、
オズバルドは今しがた別れたシェリーのことを、考えていた。
――ありゃあダメだな。
彼女の纏う雰囲気が変わっていた。それだけならまだしも、魔力も以前より弱くなっている。
彼女に向けてぶつけた魔力は、あっという間にシェリーの魔力を飲み込んでしまった。
二百年前であれば、彼女の魔力に弾かれていただろう。
――シェリー。おまえは、今じゃこの町の守り神にでもなったつもりか。
おまえさんは、魔物だろうが。
一箇所に留まり、魔物と抗争することも少なくなったのだろう。そして、この辺りを根城にすれば、
大抵魔物は近付こうとしない。それでも襲撃してくる魔物だって、この近辺の様子を見れば、
他愛もないものばかりだ。シェリーは恐らく、本気で魔法を放つことも無くなったのだ。
「おっと」
「あ、ごめんなさいね」
ぶつかりそうになった婦人と擦れ違い、オズバルドは更に歩く。彼は、身に纏う極力魔力弱くさせていた。
そのお陰で、人々に何も怪しまれることはない。ギルクォードという町に入ってから、
薄らと漂ってくる一つの魔力を追っていた。注意しなければ、見失ってしまいそうな程弱々しい魔力だ。
それとは別に、魔力が近付いてきて、オズバルドは足を止める。
「……」
紫色の目をした、小柄な少女と四十程の男と擦れ違う。オズバルドは彼女達を目で追った。
一見人間にも見えるが、人間の匂いは全くしない。二人は談笑をしながら、人混みの中へと消えていく。
二人がやってきた方角に、オズバルドは目を向けた。怪訝な表情で、男が避けながら横切っていく。
恰幅の良い女と、小柄な少年の隣。目を引くのは、赤い髪だった。少年に何か言われ、
愛想笑いにもならない笑みを向けている。右目に白い包帯を巻いた、長身の青年だった。
オズバルドはじっと目を凝らす。
青年が纏っていたのは、ぼんやりとした赤い光だった。薄くなったり、濃くなったりを繰り返しながら、
彼を象るように赤い光がある。それが魔力であることを、オズバルドは勿論分かっていた。
極力魔力を消しているためか、青年がこちらに気付くことはない。無論、魔将程でもなければ、
この気配は分からないだろう。
オズバルドは小さく笑う。
――こりゃあ、ダメだな。魔力が弱過ぎる。
オズバルドは歩き出した。
――シェリー、こいつかい? おまえさんが引き連れている混血は。
少しずつ、青年との距離が近付いてくる。全てに置いて、諦観しているような目付きが、
オズバルドは気に食わない。暗く、弱々しい眼差しだった。
――可哀想だが、おまえさん……
青年と擦れ違う間際。オズバルドは唇を開いた。
◆
突然振り向いたディックに、リアトリスが驚いた顔で尋ねた。
「な、なんだ。どうしたんだよ」
「いや……リア。今、何か聞こえなかったか?」
そう尋ねるが、リアトリスは首を横に振る。
「そうか」と、ディックは怪訝そうな顔で、前を向いた。
「おまえさん、殺されるよ」
まるで、すぐ耳元で囁かれたように、小さいのに、やけにはっきりとした声だった。
声の主を探そうと振り向いたのだが、町の人間達と、その雑踏しかそこには無かった。
ほんの一瞬、シェリーよりも強い魔力を感じ、その直後。酷く小さな囁きが聞こえた。
低い男の声だった。
急かすようなグラニットの声に従って、ディックとリアトリスは足を速める。
抱える紙袋の量で、前が見え難い。突然強い風が吹き付けて、ディックは目を瞑った。
あっ、と誰かが声を上げて、目を向ければ飛ばされていく何かを、少女が追いかけている。
「ディック? 行こうぜ」
と、声を掛けてくるリアトリスに生返事をして、ディックは歩き出した。
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