06


「……」

 オズバルドの言葉が蘇ってくる。
 ラストの封印を、吸血鬼が解こうとしていること。ラストと魔王が死闘を演じることになった原因は、
 シェリーにあること。オズバルドは冷たい目で、冷たい声でそう投げかけてきた。

「あたしが原因だと? ふざけるな、オズバルド」

 シェリーは苛立ちを隠さぬ物言いで呟いた。

「ラストが割って入っただけだろうが」

 オズバルドへ向いていた苛立ちは、徐々にラストへと向かう。
 シェリーの深海のような深い青の目が、ゆっくりと赤く染まっていく。

――封印を解くというなら、好きにすればいい。

 シェリーは脳裏に浮かんだ、ラストの挑発的な笑みを思い出す。久々に顔を思い出しても、
 湧き上がってくる感情は、苛立ちしかない。その次に思い浮かんだのは、魔王と呼ばれた男の顔だった。
 口元には常に笑みを浮かべ、柔和なその微笑みと物腰の柔らかい態度を、あの死闘までは決して崩さなかった。

 最後にシェリーが思い浮かべたのは、ディックの顔だ。その暗い瞳には、希望も未来もない。
 全てを諦観し、必要以上に他者と関わることを止めた結果。ディックの象る世界は、極端に狭く小さなものとなった。
 
 崩壊した町の中で、母親と寄り添いながら座り込んでいたディックは、死にたいと呻いていた。
 ヒトであることを止め、魔物のように生きることを示したのは、シェリーだ。

「――が、辛いのなら魔物になればいい。魔物として、当たり前の行動なんだから」

 それでも、躊躇したディックに対して、投げかけた言葉を、シェリーは今でも忘れない。

「魔法を使って――したくせに、おまえはまだ自分がヒトだと思っているのか?
おまえは魔物だ。あたしと同じ、魔物の目だ」

 今日まで、光を失っているディックの瞳が、シェリーは好きだ。弱々しく縋り付く様が、とても好きだ。
 魔将の隣に並ぼうと努力している所も、その努力も虚しく、足元にすら届かない弱さも、
 幻影に惑わされる弱さも、抱え込む後悔も、愛憎に歪んだ心も、今のディックを象るディックをシェリーは愛していた。

 死闘ではなく、一方的な虐殺だとオズバルドは言った。

――そんなことさせるものか。あたしが、必ず守る。

 決意を固めるように、シェリーは緩んでいた拳を再び強く握る。北の空を睨みつけた。

――ラスト。“今度は”奪わせない。



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