03


シェリーは時計台の前に立っていた。冷たい風が吹き荒び、彼女の長い黒髪や白いファーを激しく煽る。
 シェリーは怖い顔をして腕を組み、目の前に立つ男を睨んでいた。冷たく光る、深海の瞳で睨まれても、
 男のヘラヘラとした笑みは変わらない。臆することなく、青緑色の瞳でシェリーを見つめ返していた。

「なあ、シェリー。おまえさんのことは、オレもよく知っている。
でもな、そう喧嘩腰じゃあ、必要な情報すら取り零すぞ」
「何か、あたしにとって有益な情報があるとでも?」
「有益かどうかは保証しないが、耳にして損はないと思うけどねぇ」

 懐に手を突っ込み、棒付きのキャンディーを取り出す男に、シェリーは笑いかけた。

「あたしが損だと思った場合の覚悟は、出来ているんだろうな、オズバルド」

 丁寧に包み紙を外して、棒付きキャンディーを咥えた男。オズバルドは、小さく笑い返す。
 その途端、辺りに立ち込めていたシェリーの魔力に、オズバルドから放たれた重厚な魔力が覆い被さった。
 二つの魔力は拮抗し、辛うじて形を保っていた塀が、音を立てて崩れていく。

「ラスト。ちゃんと覚えているだろう?」

 その名前を聞いたシェリーは、眉を潜めた。しかし、ほんの僅かに集中が乱れ、
 その場は一気にオズバルドの魔力で満たされる。凄まじい重圧が伸し掛ってくるが、
 シェリーはそれでも涼しい顔をして、オズバルドをじっと見た。

 ラスト。
 初めは小さく弱い魔物だったのに、いつの間にか強大な力を手に入れ、多くの部下を引き連れていた男の名前だ。
 ニヒルな笑みを湛え、凍りつくような目をした、自分やオズバルドと同じ、魔将の地位を守り続けた男だった。

「……そいつが、どうかしたのか」
「奴は、二百年前に封印された。他でもない、魔王様の手によってな」

 魔王とは、魔物社会において頂点に君臨する魔物だった。魔将の中でもとりわけ力が強い魔物が、
 必然的に魔王と呼ばれるようになる。その為、世襲制度というわけではなく、歴代において魔王と呼ばれる魔物達には、
 血縁関係も何も無い。恐怖からか崇拝からか。魔王の傍には、心酔した多くの魔物達が集う。

 そして、ラストというその男は、次に魔王になれるだろうとも言われていたのだ。
 そんな魔物相手には、流石の魔王でさえ封印するのがやっとだったらしい。
 彼は、封印する直前に受けた、ラストが放った攻撃が元で、命を落としたのだ。

「それがどうした。そんなこと、知っているぞ」
「まあ聞けよ、シェリー」

 オズバルドは棒付きキャンディーを振りながら言う。

「その封印が、解け始めている。ラスト様の魔力が周囲に漏れ始めていたんだよ」
「……その封印が解け始めたことが原因で、弱い魔物が逃げてきたのか」

 シェリーの言葉に、オズバルドは顎を引いた。そこには、先程まで浮かべていた笑みはない。

「ラストが封印されたのは、ノーフォーク湖と呼ばれるようになった場所だ」

 ノーフォーク湖は、ヴェステルブルグの中心に存在する湖だ。
 二百年程前まで、そこは切り立った山しか無かったのだが、魔王との激しい戦いによって山は消し飛び、
 その地には大きな穴が開いた。その地中深くに、ラストはその肉体を封じ込まれたのだ。
 更にその年。稀に見る大豪雨が何日も降り続け、雨水が貯まり、やがて大きな湖となった。
 ノーフォーク湖の周囲は、先代の魔王が施した封印による魔力。そして、肉体を封じられても尚漂う、
 ラストの魔力のせいで、その土地は非常に毒気の強い地帯となっており、今でも草木一本生えていない。
 小動物は愚か、羽虫や魚ですらその毒気に当てられて、呆気なく死んでしまう。

 その為に、周辺の町や村でも、その湖は決して立ち入ってはいけないとされ、禁忌の湖と呼ばれ、恐れられている。



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