06
「んん?」
アラクネが眉を潜める。焼け爛れていたディックの腕は、ゆっくりとだが、新しい皮膚を再生し始めている。
普通の人間では、有り得ない速度だ。アラクネは赤い瞳で、じっとディックを見つめる。
ディックは魔剣を振り上げて、再び赤い槍の光を放った。それに気付いたアラクネが、
今度は溶解液を吐き出して、光と衝突させる。ディックがその遥か上を飛んで、
魔剣の切っ先をアラクネに向けながら、飛び降りた。下からの風圧で、纏うマントや黒い首巻き、
赤い髪が激しく煽られる。アラクネが白い糸を吐き出した。その糸に絡み取られたディックは、
アラクネによって地上に引き摺り落とされる。
強かに打ち付けられたディックを、アラクネが真っ赤な瞳で見下ろしてきた。関節が外れるような音を出しながら、
アラクネが腕を伸ばす。その体躯よりも長く伸びた腕で、ディックを押さえつけた。
それから、骨が軋むような音を立てて、アラクネは脇腹から二本。新たな腕を生やした。
四本の腕で執拗にディックを土に押し付けていた。そして、アラクネは大きく口を開く。
覗いた小さな牙が、音を立てながらゆっくりと大きく伸びていく。上下から伸びた四本の牙を剥き出しに、
アラクネは首を伸ばして、ディックに噛み付いてきた。
首に牙が食い込んでくる。深く、深く食い込むごとに痛みが大きくなり、それと並行して、
赤い鮮血が飛び散った。ディックは呻きながらも、魔剣を握る右手に力を込める。
痛みに声を上げることはない。それは弱者のすることだ。
――痛くない。痛みなんて感じない。痛くない。
そう言い聞かせながら、ディックは腕を振り上げて、魔剣を左後ろに突き出した。
《ギィィィィ!!》
甲高い声で悲鳴を上げて、アラクネがディックから口を離す。腕の力が弱まったのを見計らって、
ディックは転がるようにしてそこから離れた。首の脈打ちが早い。引き千切れた首巻きが、
赤い血を吸い込んで気持ち悪い。首筋を手で押さえれば、生暖かい血液が、指を濡らしていく。
アラクネは潰された左目から、真っ赤な血を溢れさせ、残った右目で、こちらを強く睨みつけている。
「ディック!」
ティナが駆け寄ってきた。
首元から血を流して、マントや首巻きを赤く染めていく姿を見て、首を傾げた。
目をぱちぱちとさせながら、
「だいじょうぶ、ですの?」
と、尋ねてくる。
それが、心配から出た言葉ではないと、ディックは分かっていた。なので、
「大丈夫」
そう答えれば、ティナはすぐに笑顔で頷いた。アラクネは血まみれの顔で、けたけたと笑う。
「そうかい! あたしは初めて見たよ。テメエ、、混血か。アッハハ。よくよく注意すりゃあ、テメエから匂ってくるね。
あたしと同じ魔物の血と、人間の匂いが入り混じった匂いだ。大抵、すぐに殺されると聞いていたけど。
運が良かったのか、……それとも、周りの人間をぶっ殺したのかい?」
ディックは無言で魔剣を、アラクネの額に突き刺した。
赤い刀身は、彼女の鮮血を浴びて更に赤く輝いていく。額から左目から、真っ赤な血を流しているアラクネの肌は、
既に赤黒く染まっていた。白い前髪にも血がこびりつき、とても汚らしい。そんな状態でも、
アラクネはけたけたと笑っていた。そして、おもむろに伸ばした四本の腕で、ティナを捉えようとする。
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