05
その女の上半身は、蜘蛛の体から伸びている。真っ白な髪に真っ白な目の女は、
その上半身には殆ど何も纏っていない。その女は器用に木から降りると、こちらに向かってくる。
距離が縮まるに連れて、八本の足が土を引っ掻く音が聞こえてきた。女は口を大きく開くと、
そこから白い糸の束を吐き出した。ディックは身を捻ってその糸を避ける。ティナは動こうとしない。
「避けろ!」
そう指示を出せば、ティナは小さな足を動かして糸から逃れる。
尚も吐き出される糸を、ディックは剣を振るって断ち切った。女の口から、白い糸が伸びている。
それをするすると口の中に巻き戻して、女は唇を歪めて笑った。
「あたしの糸を断ち切るなんて、なかなかやるねえ」
「ウィットエッジの村人を攫っていたのは、おまえで間違いないな」
ディックが尋ねると、女は顎を静かに引いて、肯定した。
「ああ、そうさ。そうじゃないと、食いっぱぐれちまうもんでな。何も、悪いことじゃねえだろう。
テメェら人間が、豚や鳥を殺して食うのと同じだ」
「それが魔物の性だということは、俺も理解している。でも、おまえを駆除しろと頼まれた。
悪いけど、此処で死んでもらう」
ディックの剣が、赤い光の魔力を纏う。
それを見て、女は凄みのある笑みを浮かべ、こちらを睨みつけてきた。
「そう言われちゃあ、本気にならなきゃいけないね!」
口を開いた女が、再び糸を吐き出してくる。
それを薙ぎ払い、駆け出したディックの背後で、何かが溶け出す音が聞こえた。
振り向けば、先程まで立っていた土が、周りの糸やそこに絡みついていた人間の部位ごと、
煙を上げて溶けている。
女がけたけたと笑った。
「このあたし、アラクネに喧嘩を売ったんだ。テメェら、ただで済むと思うなよ」
アラクネという名前を聞いて、ディックは記憶を遡る。
ここに来る前に、ティナに襲いかかった、あの巨大な蜘蛛がそう言っていた。ティナも気付いたらしい。
ポシェットから、紺色の魔力結晶を取り出して、視線を落とした。
「あの、くもさん、しりあい、だった、ですの」
光は未だに、強い魔力を帯びている。そして、アラクネがその魔力結晶に気付き、
目を剥いた。どんどんと、彼女の魔力が強くなっていくのを、ディックは感じ取る。
「そうか……テメエら、あたしの旦那を、手に掛けたんだね」
ビリビリと、痺れるような魔力が、ディックに絡みついてきた。それは例えるなら、
目には見えない糸が、ゆっくりと巻き付かいているような感覚だ。アラクネの白い瞳が、
徐々に赤く染まっていくのを、ディックは見た。透き通った白の肌に、糸のように白い髪は、
その赤く染まった瞳を際立たせ、悍ましい程の美しさに彩られる。
「前言撤回だ。テメェら、生きて帰れると思うな」
口を開いたアラクネが、次々と溶解液を吐き出してくる。それを避けながら、
ディックはアラクネに斬りかかった。上半身を仰け反らせて、アラクネはその斬撃を避ける。
避けるだけではなく、至近距離から溶解液を吐き出してきた。ディックは腕を上げて、
溶解液から顔を守る。腕に焼け爛れる痛みが広がった。煙を上げながら、皮膚が溶け出し、
その内側から真皮が現れる。再び吐き掛けられた溶解液を、ディックは魔剣で薙ぎ払った。
土が煙を上げて、大きな穴を開けていく。ディックは崩れた足場から跳躍して、
アラクネから距離を取る。そして、剣をそこから振るった。
「血石の槍」
槍のように、鋭く尖った赤い光が、無数にアラクネへと飛んでいく。アラクネが口から糸を吐き出して、
巨大な糸の壁を生み出した。赤い光は壁に当たると、次々に消えていく。光で傷ついた壁もすぐに消えたが、
それでも身を守るための防御壁として、上出来であった。
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