04


 そうして聞いた情報によれば、失踪した村人の数は十人程。そして疾走した村人には、
 共通点などもなく、老若男女問わず、いなくなっているらしい。ウィットエッジの裏手には山があり、
 最初の子供はそこに入ったという。それから、決まって村人がいなくなるのも、その山のようだった。
 ディックは、ウィットエッジからその山に視線を向ける。

――強い魔力を感じるな。

 シェリー程、詳細には分からないが、ディックにも多少魔物の気配や力を、感じ取ることは出来た。
 どこからか拾った小枝で、土に絵を描き始めているティナに目をやって、ディックは言った。

「俺はこれから、山に入るけど。君はどうする、ここで待っているか?」

 ぐしゃぐしゃと、抽象的な絵を描いていたティナが顔を上げる。そして、山を見た。
 さっと立ち上がって、枝を投げ捨てた。

「ティナも、いく、ですの」
「じゃあ、行くよ」

 頷いたティナから目を離して、ディックは山へと歩き出す。
 その後ろを、ティナがちょこちょことついて歩いた。


 山に近付くごとに、ディックは濃厚な魔力が漂っているのを感じた。
 シェリーには遠く及ばないが、それでも強い魔力だ。
 ウィットエッジの裏門を抜けて、ディック達は山の入口の前に立つ。
 ティナが首を傾げて、それからディックを見上げた。

「やまで、なにするの?」
「魔物退治だよ」

 そう言って、ディックは山に一歩足を踏み入れる。
 その途端、酷く殺伐とした空気が流れていることに気付いた。目を凝らせば、辺り一面に白い糸が張り巡らされている。
 ディックは手を伸ばして、その糸に触れてみた。少し粘り気のある、細い糸だ。

 と、糸がしゅるりと指に巻き付き、まるで鋭利な刃物のような、鋭い痛みを走らせた。
 ディックは糸を振り払う。じわりと、指先に血が滲んだ。

「どうしたの、だいじょうぶ、ですの?」

 ティナが、血の滴る指先を見つめながら尋ねてくる。

「大丈夫」

 ディックは人差し指を舐めた。苦い鉄の味がする。
 指を離して、その傷口を確認したディックは、そのまま先を歩いていく。ティナが後ろをついて歩いた。
 切れて血の滲んでいたディックの指先には、既に傷の跡はない。

 その山は木々に覆われ、酷く薄暗かった。葉など付いていないが、複雑に絡み合った枝が、
 太陽の光を遮っているせいだ。夜更けに雨が振ったのだろうか。土は泥濘んでおり、足を取られて転びそうになる。
 冷たい風が吹き、ディックは僅かに顔を顰めた。剥き出しの指先が、悴んでくる。
 ティナは、纏う衣類が汚れることも気にせずに、登っていた。

 ディックが目指しているのは、この糸の集結している場所だ。
 辺りに、まるで巣のように張り巡らされた糸の中に、何本か暗い光を纏う糸があった。
 よく見れば、その光を纏う糸と糸との間に、光っていない糸が張られている。
 ようやく、ディックは気付いた。

――蜘蛛の糸だ。

 そして、光っている糸が本線だということも想像する。その本線が集まっていく方向に、
 山に巣食う魔物がいる。そう確信したディックは、蜘蛛の糸を辿って歩き始めた。

 山の中は、薄ら寒い濃厚な魔力が漂っていたが、シェリーの魔力に慣れているディックからすれば、
 それはどうというものでもない。しかし、力のある魔物なのだろう。他の魔物の気配は全くない。
 一週間前に、何かから逃げるように、元々住んでいた魔物達が、山から離れた。
 それは恐らく、この蜘蛛の糸を操る魔物から逃げてきたのだ。

 枯葉を踏みつけ、落ちている小枝を折りながら、進み続けたディックとティナは、開けた場所に出た。
 茶色く変色した草が伸びて、枯れたような木々が円を描いていた。この場所は、一番魔力が濃い。
 その奥に暗い光が見える。ディックは腰に提げた魔剣の柄に、手を掛けながら、用心してそこへ近付いていく。
 幾本の木々を超えた先に見つけたのは――

「これは……」

 そこにあったのは、巨大な蜘蛛の巣だった。その全体像はディックの背丈を、うんと超えている。
 そして、所々に干からびたような、人間の手足が突き出していた。どれも骨と皮ばかりで、肉が無い。
 ティナが小走りで駆けてくる。そして、「わあ」と声を上げた。

「おおきい、ですの」

 遠くを見るように、額に手を当てながらティナが言う。ディックは視線をずらした。
 その先にあったのは、人間の頭部だ。骨に皮を貼り付けただけの姿だ。大きく飛び出した目は黄ばみ、
 片方の目は眼窩から落ちている。視神経に繋がったままなので、風に吹かれて揺れていた。

「ぷらん、ぷらーん。ぷらん、ぷらーん」

 と、揺れる目玉を眺めて、ティナが小さく口ずさむ。

 そこで、ディックは魔剣を鞘から引き抜くと、急速に振り返って宙を凪いだ。
 はらはらと、落ちていくのは白い糸だ。ティナが「すごーい」と声を上げて、小さな手を叩く。

「なんだ、テメェら。あたしの糸に、掛かった連中じゃあないね」

 ディックの視線の先に、女がいた。木の幹に、逆さまになって張り付いていた。



[ 46/115 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -