09


 アベリーは、口元に半円を描いた。

「あなたが来なかったら、という質問ね。その時は、首を切っちゃってたかもね」

 その言葉に、シェリーの眉が上がった。弁解するように、アベリーが両手を振った。

「やあだ、怒らないで。刈り取るんじゃないのよ。少し切るだけだってば。少しだけ、
脅かすつもりだっただけ。ちゃんと、致命傷にならない程度には加減するつもりだったわ。
情報源を殺す程、アタシお馬鹿さんじゃなーいの」

 クスクスと笑うアベリーの足元に、また黒い水溜りが浮かび上がる。ゆっくりと、その中に沈んでいく。

「彼に聞いたけど、あなたも魔将なんでしょう? 取り巻きなんて引き連れない、孤高の魔女だって。
……でも、その顔からすると、お兄さんはただの取り巻きでも、ましてや手下でもなさそうね。
あの人と会えなくなってから二百年の間で、どういう心境が働いたのかしら」
「……」

 睨み付けるシェリーに、アベリーは鈴を転がしたような声音で笑った。

「なんてね。無駄口叩く前に、今度こそお暇させてもらうわ。それじゃあね」

 どぷん。と、アベリーは黒い水溜りへ入水して消えていく。その魔力が完全に途絶え、
 シェリーは纏っていた敵意を消す。そして、怖い顔をしたままディックに近付いた。
 その首にそっと触れる。

「何も無いか?」
「平気だよ。何もない」

 口元に笑みを浮かべながら、ディックはその手を取った。ゆっくりと外す。

「それより、あのアベリーっていう魔物が言っていた”彼”。
シェリー心当たりあるの?」

 ディックの投げかけた質問。その答えは、リアトリスも気になるところではあった。
 シェリーの魔力に飲み込まれ、危うく呼吸困難になりかけていたリアトリスは、
 ゆっくりと深呼吸を繰り返している。そうしながら、ディックとシェリーの会話に耳をそばだてていた。

「誰、それ」

 静かな問いかけに、シェリーはするりとディックから手を離す。

「……おまえは知らなくていいことだ」
「そう」

 ディックは素直に引き下がった。

「……話さなければいけなくなったら、話すから」

 シェリーが小さな声で言うのを聞いて、ディックは「うん」と頷く。そして、微笑んだ。

「シェリーが言ってくれるまで、俺はもう何も聞かないから」
「ああ。そうしてくれ」

 ようやく、シェリーは柔らかい微笑を浮かべた。そして、その表情から一転。
 鋭い刃物のような、冷たさを帯びる微笑を浮かべて、シェリーはリアトリスを一瞥した。

「ああ、そういえばおまえもいたな」

 最初から眼中に入っていないだろうことは、リアトリスも気付いていた。別に構わない。
 好かれようとも思っていない。リアトリスは、シェリーに心を開いていないのだ。
 仲良くしようなんて微塵も思わないし、それはお互い様だろう。

 ディックがこちらを見て、尋ねてくる。

「大丈夫か?」

 シェリーの魔力に当てられたことを、気にかけているのだろう。リアトリスは頷いて見せた。
 本当はまだ少し辛いのだが、シェリーの前で弱っている姿は見せたくない。



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