08
アベリーは無邪気に微笑みながら、猫撫で声を出してくる。
「うっかり、刈り落としちゃうかも」
「ディック!」
と、リアトリスが引き金に指を掛けた途端。
「貴様、何をしている」
その場を凍りつかせる程の、冷え切った声音が響き渡った。
リアトリスが振り向けば、シェリーが静かに立っていた。
「おまえ……」
そう呟いたリアトリスの声が、微かに震える。深海のように蒼かった瞳が、
まるで、血のような赤に彩られていた。魔物は感情の昂ぶりや、激しい怒りや憎悪を感じると、
その瞳を血潮のような赤に染め上げる。それは吸い込まれそうな程に美しいが、
酷く興奮している状態で、
非情に危険であることを示していた。風も無いのに、長い黒髪が不気味に靡いている。
シェリーが一歩進むたび、その場の温度が少しずつ下がっていくような、重たい空気をリアトリスは感じた。
「あら、ご本人様から来てくれるだなんて! 感激だわ!」
シェリーの怒気に怯むこともなく、アベリーは即座に鎌を戻して、両手を打ち鳴らした。
そして、シェリーの側に駆け寄って、ぴょこんと弾みを付けて頭を下げる。そして、
すぐに顔を上げた。にっこりとした笑みを浮かべている。
「突然のご無礼、許してね。それと、無断であなたの領域に足を踏み入れちゃったことも、
一応一緒に謝っておくわ。ごめんなさい。でも、アタシ、アナタに挨拶しに来ただけなのよ」
「挨拶だと?」
「そう。正確に言うと、アタシじゃない人からの挨拶。
その人、あなたの前にまだ姿を見せられないから、アタシに伝言を頼んだのよ」
アベリーは両手を後ろで組んで、シェリーの顔を覗き込んだ。
「その人、こう言っていたわ。『時間が掛かったけど、もうすぐ会いに行けるから』って。
『だから、その強く、美しい姿のままで待っていて』ってね」
アベリーは小さな笑みを唇に浮かべて、シェリーから数歩離れた。
「確かに伝えたからね」
そして、ディックを見て手を振った。
「それじゃあね、お兄さん」
手を振るアベリーの周囲を、青白い炎が包み込んだ。
その熱気と熱風に、それまで余裕ぶった笑みを湛えていた彼女から、静かに表情が消えた。
シェリーには負けるものの、それでも冷え冷えとした視線を、シェリーに向けている。
「あらやだ。なあに、これ」
「おまえ、あたしが来なかったらこいつをどうするつもりだった?」
押し殺したような低い声に、一番近くにいたリアトリスは背筋を凍らせた。
重たい鉛の弾が、腹の底を打ち抜いたような、錯覚に陥る。暗く殺伐とした魔力が辺りに充満し、
リアトリスの手足から体温を奪っていく。どっぷりとした魔力の層に取り込まれ、
酷く呼吸がし辛い。
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