06
ディックはリアトリスから視線を外して、前方を見る。リアトリスもそれにつられて、前を向いた。
何もいない。が、ゆっくりと地上に黒い水溜まりが生まれていくのを見た。風に吹かれた水面のように、
黒色の表面がゆらゆらと波打っている。やがて、そこから濃紫色の髪をした、小さな頭部が出てきた。
徐々に浮かび上がってきたその姿は、リアトリスと然程年齢の変わらない一人の少女だ。
「なんだ、おまえ」
リアトリスが右足のホルスターに仕舞っていた、小振りな拳銃を引き抜いて、両手でそれを構えた。
銃口をしっかりと、少女の額に向ける。嫌な登場の仕方をした少女だ。彼女が魔物であることは、
確かなことだった。リアトリスの問いかけに、少女は小さく鼻を鳴らした。右手で長い髪を払う。
左手は腰に当てていて、そこから離さない。
「あら、随分な言い方ね。こんな可憐な女の子に対して、おまえ呼ばわり。
レディーの扱いがなってないわ。勉強してらっしゃいな」
長い濃紫色の髪は、高い位置で二つに結われている。
吊り上がった紅茶色の瞳は、その可憐な容姿に反して冷え冷えとしていた。黒いレースやリボンを使った、
真っ黒なパーティードレスに身を包んだ少女の耳は、鋭く尖っている。
「大きなお世話だ!」
どうにも、リアトリスは沸点が低く、煽りに対する耐性も少ないらしい。
ディックが、二人の間に割り込むように立ちはだかった。
「俺も同じ質問をする。おまえはなんだ。此処に、何をしに来た?」
少女は不思議そうな眼差しをディックに向けていたが、やがて小さな微笑を零す。
そして、再びニヤリとした笑みを浮かべた。
「アナタも、女の子をおまえ呼ばわりするのね。この町の男っていうのは、
一体どんな教育受けているのかしら。これだから、田舎は嫌なのよ」
「生憎だね。俺が女の子扱いするのは、一人だけだ。彼女以外は、どうでもいいよ」
ディックは間髪入れずにそう言い返して、剣の切っ先を少女に向ける。
「おまえは何をしに此処へ来た?」
「これでもアタシ、結構有名なんだけど。まあ、アナタ達田舎者だもの。
田舎者が知らないのも無理ないわね。それに、アタシは今、それとは別で来ているし……」
振り上げられた赤い剣は、深々と地面に突き刺さった。先程までその場に立っていた少女は、
不敵な笑みを浮かべながら、踊りかかったディックの後ろに立っている。手を背中の後ろで組んで、
可愛らしく小首を傾げながら微笑んでいた。
「本当、男ってのは気が短いんだから。やんなっちゃう。雑談くらい付き合いなさいよ」
「こっちも暇じゃないんでね。さっさと答えてくれないかな」
少女は「ふふっ」と可愛らしく笑って見せる。
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