04


 ディックは樫の木のベッドの隅で、雑貨屋で適当に購入した小冊子を、興味なさげに捲っていた。
 そのベッドで横になっていたシェリーが、ゆっくりと身を起こす。そして、艶やかな黒い髪を、そっと耳に掛けた。
 その仕草一つにも、シェリーは色気を感じさせる。

 ディックがどうしたのかと、問いかけようとした時。ギルクォードからけたたましい鐘の音が聞こえてきた。
 何度も、何度も激しく鐘を鳴らしている。この切羽詰まったような鳴らし方は、
 町に危険が迫っている――つまり、魔物が近付いていることを、示していた。

「本当に、最近は多いな」

 苛々した様子で、シェリーが舌打ちをした。
 ディックは立ち上がると、傍らに置いていた剣を腰に差して、部屋の出口に向かって歩き出す。
 それを見て、シェリーが尋ねた。

「ディック、行くのか?」
「うん。念の為にね」
「あの魔物ハンターのガキもいる。この感じなら雑魚だから、心配要らないと思うぞ」

 ディックは振り向いて、小さな微笑を唇に浮かべる。

「ギルクォードの人達に頼まれた、約束事だから」
「……そうか。なら、行ってこい」

 その言葉に頷いてから、ディックは時計台から出て行った。シェリーはベッドから降りると、
 静かに窓へ近付いていく。そのサッシに両腕を乗せ、シェリーは町へ向かって走っていくディックを見下ろした。

――約束という名の鎖は、おまえをいつまでも縛っている。そして新たな鎖が、またおまえを縛り上げる。

 ひんやりとした魔力を含んだ風が、彼女の長い髪を煽る。シェリーは、しなやかな腕を伸ばして、
 そっと髪を抑えた。ディックの姿は、どんどんと小さくなった。だいぶ距離が開いたが、
 魔物であるシェリーには、よく見える。

――おまえは、優しいから。それがおまえ自身を、そんな風に苦しめる。

 シェリーは憐憫の眼差しを、ディックに向けていた。

――ディック。おまえはいつになれば、楽になれるんだろうな。

                   ◆

 ギルクォードに向かって走っていたディックは、夥しい魔力を感じて頭上を見上げた。
 数え切れない程の魔物が、群れを成して空を覆っている。足元やすぐ脇を、摺り抜けていく弱い魔物達もまた、
 ギルクォードに向かっていた。しかし、妙なことに彼らから殺意は全く感じない。
 それどころか、怯えている様子すら感じられた。ディックはその違和感に、僅かに眉を潜める。

――何かから、逃げているのか?

 町の門を見張る自警団の男が、ディックに気付いて、素早く門を開いた。

「魔物の襲撃ですか?」
「ああ。警報は鳴らしたから、住人は皆建物の中に非難している筈だ」

 自警団の言葉を聞きながら、ディックは既に町の中に入っていた。
 宝石のような光沢を放つ、真っ赤な剣を引き抜いて、ディックは無人のギルクォードを駆けて行く。
 悍ましい魔物の唸り声の中に、鋭い銃声が何度も聞こえた。その銃声の方へ進んでいけば、
 リアトリスがたった一人、魔物に弾丸を叩き込んでいる。



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