03


 まるで、深海のような深い青に染まった瞳は、静かにディックを見つめる。
 それから、彼女は小さく欠伸をした。

「やっと戻ったか」
「待たせてごめん」

 ディックがそう言うと、シェリーと呼ばれたその魔物は、

「いや」

 そう言いながら、ゆっくりと身を起こした。さらり。彼女の動きに合わせて、黒く長い髪が踊る。
 額に掛かった長い髪を、シェリーは優雅な手つきで掻き上げた。その仕草が、妙に色っぽく思えた。

「たいしたことはない。おまえの用事は、終わったのか?」
「うん。早く会いたかったから、急いで終わらせたんだ」
「たった一週間じゃないか。それに、毎回無理に来なくてもいいんだぞ」
「無理にじゃなくて、会いたいから来てるんだけど」

 ディックが食い気味に否定すると、シェリーは呆れたように返す。

「毎日、顔を合わせているだろうに」

 しかし、面倒そうなその声とは裏腹に、満更でもなさそうな顔だ。

「あ、そうだ」

 と思い出したように、ディックはその手に持っていた紙袋を、シェリーに渡した。
 受け取った袋の中を覗き込み、シェリーがこちらを見る。

「どうしたんだ、これは」
「お礼にって、貰ったんだ。女の子に」
「……フウン」
「貰っただけだよ。食べる?」

 紙袋に手を突っ込んで、シェリーは果実を一つ取り出す。
 鼻に近づけて、その匂いを嗅いだ。酸味のある、爽やかな匂いがした。

「くれるというなら、貰っておこう」

 果実を袋に戻して、シェリーはベッドの端にそれを置く。
 そして、手を伸ばして、ディックの頬に触れた。するりと撫でてから、静かに離した。

「少し休むことだな。休息もまた、大事なことだぞ」
「……分かった。なら、また夜に来てもいいかな」

 その言葉に、シェリーは柔和に微笑んだ。

「ああ。待っている」

 待っている。という言葉を聞いて、ディックは照れ臭そうに小さく微笑んだ。

 名残惜しく、後ろ髪を引かれるような思いで、ディックは時計台を後にする。シェリーは魔物であり、
 魔物を恐れる人々には、彼女は受け入れ難い存在だった。だから、彼女だけは人の寄り付かない、この時計台で暮らしている。
 本当は、ディックも一緒にいるつもりだった。しかし、他でもないシェリー自身から、

「おまえは、ヒトが住みやすい場所で暮らせ」

 と、そう言われた為、止む無く男の家を間借りすることとなったのだ。

 ディックは、時計台から数十分程歩き、ようやくギルクォードの出入り口となる門へやってきた。
 そこで、簡単な手続きをしてから、町の中に入る。そして、その中心にある、一軒の喫茶店へと足を踏み入れた。
 簡素な扉を開けて中に入れば、シンプルなテーブルと椅子が並ぶ店内が一望出来た。
 こぢんまりとした店内で、一人の男がコップを磨いている。その手を止めて、男がこちらを見た。
 無精髭に、刻まれた深い皺があり、小柄で少し痩せ過ぎの男だった。
 彼はディックの姿を見ると、ゆっくりと口角を上げる。

「やあ、おかえり」

 その言葉に、ディックは小さく会釈を返す。この一週間。
 ディックは周辺の町や村を回り、その脅威となる魔物を退治して回っていた。

「オボロさん。俺がいない間、変わりなかったですか」

 ディックが尋ねると、オボロと呼ばれた男は、「ああ」と頷いてみせる。

「まあ、ないでしょうね。シェリーがいるから」

 そう言いながら、ディックはカウンターに革袋を乗せた。そして、そこから幾つかの宝石を取り出す。

「今回は、魔力結晶が大量だねえ。苦戦したんじゃない?」
「力を蓄えていても、それを上手く使えるかどうかは別ですよ」

 オボロの問いに、ディックは淡々と答えた。

「まあ、おまえさん程なら大丈夫だったろうね」

 その返答に苦笑しながら、オボロは襟にぶら提げていた、細い眼鏡を取り出すと、
 それを掛けて宝石に手を伸ばした。しげしげと入念に見始める。

 魔力結晶とは、それは、魔物の力の源と云われる結晶体のことである。
 色は力の弱い魔物程薄く、強い魔物程濃い。魔物は他の魔物を倒し、その魔力結晶を取り込むことで、
 どんどん強くなる。そして、魔力結晶は人間の間では、高値で売買される代物だった。
 売買された魔力結晶は、高威力の武器の原料に使われたり、或いは装飾品として飾られたりすることが多い。
 そして、そうした魔力結晶は、オボロの喫茶店のように兼業者が売買することが多かった。
 それもまた、彼らの大切な収入源なのだ。

「全て見積もって、ざっと二千ヴュレーだね」

 そう言いながら、四枚の紙幣を渡す。ディックはそれを受け取り、枚数を確認して財布に仕舞い込んだ。

「イェーガー達は、ここにいることを知っているのかい?」
「いえ、これから帰ります」
「じゃあ、今日はここに長居しないんだね」

 少し残念そうなオボロに、

「また来ますから」

 口元だけに笑みを浮かべながらそう言って、ディックは喫茶店を後にした。



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