03


「ときに、アベリー様。今日も大盛況で御座いましたね」
「そう思うなら、何かないの? 此処を訪ねるヒトは、みんなお土産をくれるわよ」

 鏡台のビスケットや、テーブルに置かれた花束、プレゼントの数を見て、
 著名な人間を含む彼女のファンが、大勢やってきたのだと、男にはすぐに分かった。
 その場で深く腰を折る。

「手土産もなしに訪問しましたこと、お詫び申し上げます。アベリー様」
「冗談よ、冗談。花もお菓子も、もう飽き飽きだから」

 指についたビスケットのカスを舐め取り、アベリー・エアハートが笑うと、
 男は小さな微笑を返した。

「それで、何をしに来たのか、そろそろ本題言ってくれない?」

 アベリーは何枚目かのビスケットに手を伸ばす。

「アナタは、ただ挨拶に来るだけの男じゃないでしょ。ねえ、クロード」
「はい。主人より、アベリー様に伝言が御座います。
ギルクォードという町に行くよう、仰せつかっております」

 ずっと南にある小さな町の名前を言えば、アベリーは不審そうな顔をする。
 眉を顰め、もともと吊り目がちの目を、更に吊り上げた。手にしたビスケットを噛み砕く。

「アベリー様に、会って頂きたい女性がいるのです」

 クロードと呼ばれた、燕尾服の男が静かに告げると、アベリーはそっぽを向いた。

「やあよ、面倒だわ。アナタが行きなさいよ。
あの人の頼み事なら、アナタはなんでもするじゃない」
「申し訳ありません。大変心苦しいのですが、生憎、わたくしも別件に当たっており、」
「その女に会うだけなら、別にアドルファスでもいいんじゃないの。
あの単細胞でも、会うだけのおつかいなら、ちゃんと出来るでしょ」

 クロードはスゥッと、アベリーを見下ろした。
「もう一度お伝え致しますが、こちらは主人からのお言葉になります。
勝手は許されません」

 じっと見据えてくる、クロードの深緑色の目に、アベリーは顔を顰めた。
 全てを見透かしたような、冷たいこの眼差しは好きではない。取り繕ったような笑顔も好きではない。
 そして、普段は奥底の見えない、張り付いた笑顔で心情を隠しているクロードが、
 時折狙ったように見せてくる、薄ら寒さを感じさせるこの空気も嫌いだった。
 アベリーはわざと大きく肩を竦めた。

「分かったわよ。あの人のお願い事ですもの。
アタシだって、各地を回って忙しいんだけどね。今回は、”特別に”お願い聞いてあげるわ」

 特別に、という所を必要以上に強調して、アベリーは不遜な態度を取る。
 そして、わざとらしい言葉遣いで、クロードに尋ねた。

「どなたに、会いに行けばよろしくて?」



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