02


 彼は、エドワード・ホーストンといった。
 金糸のような美しい髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳を持ち、絵に描いたような美しさと、
 気品を纏い、知性を兼ね揃えたこの男は、スタンフィールドの住人達から、リグスファイヴ公と呼ばれ、
 大変な人気を会得している。

「本当に、いつ聴いても惚れ惚れとしてしまいますわ」

 彼の隣に腰を掛けていた少女が、うっとりとした声でそう言った。
 赤茶色の巻き髪を揺らし、少女はエドワードに微笑みかける。

「素晴らしい歌声。まるで、天使ですわ」

 少女の言葉に、エドワードはクスリと小さく笑う。

「あら。わたくし、おかしなことを言いまして?」
「ディディは何もおかしくないよ。可愛いと、そう思っただけさ」

 エドワードが言うと、ディディ――クラウディア・レッドフォードは、
 ゆったりとした、優しい笑みを口元に浮かべた。

「まあ、エド様ったら」

 落ち着いた藍色のドレスを纏うクラウディアは、翡翠色の瞳を舞台へと戻す。
 客席の鳴り止まない拍手に、一度舞台から姿を消していた少女が、再び現れたところだった。
 拍手は更に激しさを増し、鳴り止まない拍手が続く。少女が腰を折って体制を戻すと、
 徐々に拍手はまばらとなって、やがて止んだ。

 少女が唇を開くと、憂いを帯びた美しい声が、会場中に響き渡った。客席で歌声を耳にする客達は、
 誰もが溜息を吐いて聞き入っていた。弦楽器との美しいハーモニーが奏でられていた、
 その情緒的で情熱的な旋律は、途中でテンポやリズムを変えていく。

 十代とは思えない、洗練された甘美な歌声だった。
 エドワードの隣で、クラウディアがうっとりとした顔で、「はあ」と吐息を漏らす。
 酩酊してしまったように、ぼんやりと瞳を向けて、只々少女の歌声に耳を傾けていた。

 誰もが、恍惚とした表情で、少女の歌声に聞き入っている。
 少女の歌声を支える奏者でさえ、陶酔しきった顔で、少女の姿を眺めていた。
 誰も、その魅了の歌声には抗えない。

 少女は細い両腕を前に差し出して、何かを迎え入れるような演技をする。
 そして、妙に色気を帯びた顔を、こちらへと向けた。上座の自分を見ているのだと、
 エドワードはすぐに気付く。彼女は、赤い唇に半円を描きながら、再び前を向く。そして……
 舞台は、拍手喝采で幕を閉じた。

                ◆

 扉をノックする音を聞いて、歌姫は短く返答した。ドアノブを回して、一人の男性が、
 控え室へ足を踏み入れてくる。茶色い髪をした、燕尾服の男だ。少女は、鏡台の前にある椅子に腰を下ろし、
 差し入れのお菓子を摘んでいる所だった。ビスケットを咥えている姿を見て、彼は小さく笑う。
 あれ程の素晴らしい歌声を披露していた彼女は、舞台を降りれば一人の少女であった。

「あら。今日は来て下さってアリガトね」

 目を細めて、少女が挑発的な笑みを浮かべて言う。
 そして、自分が食べていたビスケットの缶に手を伸ばし、少女はそれを男へ不躾に差し出した。

「食べる?」
「お気持ちは有難いのですが、まだ業務が残っておりますので、遠慮致します」

 微笑みながら手を上げて、それを制する男に、少女は「ふふん」と笑って、

「マジメー」

 からかうように言いながら、缶を鏡台の上へと戻した。



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