12


 ディックが時計台へと連れてきたティナを見て、シェリーは鋭い眼差しで彼女を見据えた。

「クロズリーの古城から、わざわざ連れてきたのか」

 その言葉には、「余計なことを」という非難が、全面的に染み出している。
 それでもシェリーは、わざわざ樫の木のベッドから立ち上がると、手を伸ばして、まずはティナの柔らかい、
 亜麻色の髪に乗せる。その後シェリーはティナの頬に触れて、そのまま右目の下瞼を引っ張った。
 まるで、あっかんべをしているようだ。
 遊んでもらっていると思っているのか、ティナはニコニコと唇に笑みを浮かべたままだ。

「おまえの思っている通り、これは魔力結晶だ」

 シェリーの言葉に、ディックは静かに耳を傾ける。

「そして、この波のある魔力から思うに、混血ハーフブラッドの魔力結晶だな」

 混血ハーフブラッドとは、その言葉通り、血が混じった存在のことだ。
 魔物と人間の双方を親に持つ者を指した。とはいえ、大概は魔物に蹂躙されて、無理やり孕まされた、
 望まれない生命であった。
 特にヒトの姿を真似る魔物に多い、行動だ。そんな魔物達は、面白半分に人間の女を拐かし、甚振り、孕ませる。

 人間は十月十日で生まれるが、魔物はもっと早い。
 三ヶ月で腹を破り、種族によっては、生後すぐに親を殺すこともある。
 更に、人間の女性の身体というのは、本来時間を掛けて胎児を育てる仕組みになっている。
 しかし、それがたった三ヶ月で出産するというのだから、母体への負担や痛みも、人間の子供の比ではない。

 魔物は生まれながらにして、闘争心や殺意、力の渇望に塗れている。
 その為、被害を恐れる人間達によって、孕み、産み落とされた子は、顔もまだ分からぬ母の手によって、
 或いは出産に立ち会った大人によって。どちらにせよ、早々と処理されるのだ。

 しかし、妊娠に気付かず、気付いたとしても堕胎することの出来ない貧しい女は、
 魔物によって傷物にされたこと、あまつさえその子供を身篭ってしまったことに、大きなショックを受け、
 やがて心身ともに弱ってしまい、最期は自ら命を断つ者もいるらしい。また、裕福な貴族の娘であっても、
 世間への体裁を守る為、堕胎することも許されず、生まれ落ちた子は、生涯隔離され、
 いない者として扱われ、生涯を過ごすことも盡あったらしい。

 魔物と人間と双方の血が混じり合っている故に、、混血ハーフブラッドの持つ魔力というものは、
 純粋種である魔物に比べると、その強さにムラが出来るという。そして、周りの環境に影響を受け易い体質であり、
 人間の中に混じっていれば魔力は極端に弱まり、魔物の中で生きていると、どんどんと強まっていくという。

 また、混血ハーフブラッドは、魔力結晶というものを持っていない。
 しかし、それはあくまでも、結晶という形で持っていないというだけだ。

「おまえも分かっているだろうけどな、混血ハーフブラッドは大抵両目に魔力を宿す。
そいつは、きっと自分の目をこいつに入れたんだ」

 シェリーがそう言いながら、ティナの右目に手を伸ばした。
 しなやかな指先が、彼女の右目に触れるかどうかといった所で、ぞくりとした悪寒を感じたディックは、
 強い力でその手首を掴んだ。蒼く冷たい眼差しが、こちらを一瞥する。
 しかし、その次には小さく笑っていた。

「離せ、ディック。……あたしが、おまえの見ている前で、
おまえが考えているようなことを、する筈がないだろう」
「うん。分かってるんだけど、……ごめん」

 そう言いながら、ディックはゆっくりとシェリーから手を離す。
 すると、シェリーにしては珍しく、しゅんと目を伏せて、首を振った。

「いや、あたしも……配慮に欠けていたな」
「大丈夫。気にしないで」

 シェリーがこれ以上気にしないように、ディックは笑いかけた。

「しかし、とんでもなく狂った奴だ。
おまえが聞いた話から推測すれば、このお人形さんを作ったその混血《ハーフブラッド》は、
こいつに魔力結晶……目を残して死んだんだろう。そいつの持っていた魔力の瞳が、
こいつに入っているということは、」
「自分で刳り貫いて入れた、か」

 ディックの言葉に、シェリーは顎を引く。

「両目を無くして、見えない筈なのに」
「それほど、執着していたんだろう。お人形さんに。”見えなくても、一緒にいる”か。確かにそうだな」
「この人形の目が、魔力を持っているのが分かったんだけど。じゃあ、魔力結晶代わりの目を狙って、
魔物がギルクォードに来ることって、あるかな」

 そう尋ねると、シェリーは首を横に振る。

「さあな。だが、この一帯は、今はあたしの領域だ。魔将の領域と知って尚、足を踏み入れようとする魔物は、
命知らずか只の馬鹿だ。どちらにせよ、土足で踏み荒らすような奴は、」

と、シェリーはいつもの自信に溢れた不敵な笑みを、唇に浮かべた。

「焼き尽くすだけさ。骨の髄まで、きっちりとな」

 力強いその言葉に、

「頼りにしているよ」

 ディックは小さく笑い返した。



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