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「ティナは、どうしたい?」
「ティナ、ですの?」
首を更に傾げるティナに、リアトリスは頷いた。
「ああ。ティナだって、自分で考えて喋ってるし、表情だって色々考えてる。
同じ顔のままの人形じゃないだろ。いや、まあ人形なんだけど。意思はあるじゃん。
おいら達と喋っててさ」
リアトリスは腰に手を当てながら、ティナを見下ろす。
「ティナは、どうしたい? 此処で、一人でずっと過ごすか。外に出るか」
「かれ、しからない?」
「叱らない、叱らない。……死んだ奴が、口を利くこたねえよ」
酷く物憂げな声でそう言ったリアトリスから、ディックは視線を外す。死んだ者が口を利かないというのなら、
訴えてくる母は何者なのだろうか。そう考えたディックは、また母が近くに立っている気がして、落ち着きなく辺りを見渡した。
見えないが、そこにいるような気がする。
部屋中の様子を伺いながら、ディックはリアトリスに言った。
「連れて行ったとして、それを置く場所あるか?」
こちらを見るリアトリスとティナに、ディックは続けた。
「俺も君も、居場所を提供してもらっている身だ。ギルクォードに、人形を置く場所なんてあるかな。
連れて行っても手に余るなら、今まで通り此処に置いておく方がいいんじゃないか。
約束は、守らないと……駄目だ……」
そう思うなら、何故あなたは破ったの……と、頭の中に響く声が苛んでくる。
「でも、その約束した相手はもういないんだぜ」
リアトリスの言葉で現実に戻される。
「いつまでも一人ぼっちじゃ、寂しいだろ」
彼は、「それに」と悪戯小僧のような笑顔を見せた。
「この子を置いてくれそうな人、おいら当てが一つあるんだ」
ティナはゆっくりと瞼を閉じる。笑顔を浮かべたのだ。
「ティナ、そと、いきたい、ですの」
◆
そうして、リアトリスに連れられて来たのは、馴染みの喫茶店だった。
ディックやリアトリスと一緒に入ってきた、小柄な少女を見たオボロは目を丸くして、
「こんな可愛らしいお嬢さんを、どこで引っ攫ってきたんだ」
と言ってくる。リアトリスは悪戯めいた笑顔のまま、カウンターに両肘を乗せた。
「この可愛らしいお嬢さんが、行商人の言っていた話の主だよ」
「クロズリーの村人は、みんな殺されたって聞いたけど……」
まじまじとティナを見るオボロに、リアトリスが言った。
「おっちゃん、その子人形だよ」
「へえ。精巧に作られているんだねえ」
「百年以上も昔に作られた、少女人形だって。店に置いときゃ、看板娘になんじゃねえの?」
ティナは、自分の話をされていることが分かっているらしい。ニコニコと、無邪気な笑顔を顔に浮かべていた。
「それに、孫が出来りゃあ、オボロのおっちゃんだって寂しくねえだろ」
「おいおい。これでもまだ、四十だよ。たぶん」
苦々しい笑みを浮かべながら、それでも冗談として受け取れるオボロとリアトリスは、
互いに顔を見合わせて小さく笑った。よし。と、オボロが大きく頷いたのを、ディックは見た。
「じゃあ、この子をウチの看板娘として置こうじゃないか。可愛らしいし、客足も増えてくれると、
有難いんだけどね。福を呼ぶ看板娘になってくれないかな」
「そこは、おっちゃん次第だろ」
リアトリスは、もともと人と打ち解けやすいようで、この町に来てまだ二週間少しだというのに、
町の殆どの人と仲良くやっていた。彼らから少し離れた場所で、その光景を眺めていたディックは、
ティナの紫色の瞳を見る。彼女は、彼女を作った者が結晶を残して死んだと言った。
その際、目元を触っていたことを思い出す。
――あの人形の目は、魔力結晶か。
ディックはティナをシェリーに合わせることを決めた。彼女の言った結晶が、魔力結晶だったとして。
それが、どれほどの力を持ったものなのか、ディックには判別出来ない。シェリーがいるから大丈夫だとしても、
ティナの魔力結晶を狙う魔物が、この先もギルクォードを襲わないという、その保証はない。
ディックは会話が途切れた頃合を見計らって、三人に近付いて言った。
「その人形の子、少し貸してくれないか」
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