08
部屋は非情に明るかった。天井からぶら下がった古めかしいシャンデリアには、
橙色の火が灯っており、それが部屋の中を優しく照らしている。
床には精緻な模様が描かれた絨毯が、敷かれていたが、ベッドどころか棚も鏡台も無い。
ただ、部屋の真ん中にたった二つ、肘掛の付いた椅子が、向かい合うように並んでいるだけだった。
そしてその椅子には、少女が一人、静かに腰掛けていた。向かい合う椅子には、古い衣類を纏う、
白骨化した亡骸が鎮座している。この部屋だけ、雰囲気も空気も全く異なっていて、
まるで、時間がそこだけ切り取られたようだ。
ディックとリアトリスは、ゆっくりと彼女に近付いていく。少女は、静かに目を閉じていた。
ピンクを基調としたワンピースには、リボンやフリル、レースといったものが、これでもかというくらい、
ふんだんに使われている。頭にはワンピースと同じ色のヘッドドレスを付けており、
ちょこんと両膝の上に、小さな手を重ねていた。十歳前後の少女のようだ。
「あ、」
「ん? ディック、どした」
ディックは気付いた。
「これ、絵の女の子だ」
「絵、って通路の?」
リアトリスの問いかけに、ディックは頷いた。そして、もう一つ気付く。
「それに、これ人形だ」
リアトリスがまじまじと見て、それから感嘆の声を上げる。
「本当だ。うわ、気付かなかった」
それは、本当によく見ないと分からないくらい、緻密に作られた少女の人形だった。
眉毛の上で切り揃えられた、亜麻色の髪。そして、薔薇を差したような頬。
丸みのある、小さな顎。眉毛も髪も、睫毛に至るまで、どこまでも綿密に、
本物と見間違う(みまごう)程、繊細に作られていた。
彼女は、ディックとリアトリスが最初に入った部屋で、見つけた人形とよく似ていた。
けれども、それらよりも、もっとずっと繊細で、本物の人間のような佇まいで、それでいて、
一番可憐な顔立ちであった。なんとなく、ディックは手を伸ばしてその人形の頬に触れる。
上質な陶器のように、滑らかな触り心地だった。温度こそ冷たかったが、想像していた硬さはなく、
柔らかな弾力がある。
その時だった。
「うわっ!」
と、リアトリスが声を上げる。それから、やや遅れてディックが少女の人形から離れた。
人形の瞼が、まるで自立した生き物のように、ゆっくりと開いたのだ。花弁のように、
閉じられていた瞼の下から、あどけない少女のそれと同じ、深い紫色の瞳が現れる。
人形の視線は、ゆっくりと目の前に立つディックに、注がれていた。
そして、唇にゆっくりと笑みが作られていく。
「どなた?」
ゆっくりと、たどたどしく紡がれたのは、抑揚が無いものの、紛れもなく少女のものだった。
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