07


 何かが積み上げられているのが見えて、リアトリスは手に持つランタンを、もっと奥に伸ばしてみた。
 そうして、光の中に照らし出されたのは、夥しい人形の数々だ。
 ある種、狂気を感じさせる程のとんでもない量に、

「うわっ!」

 と、リアトリスは思わず悲鳴を上げる。そして、顔を思い切り顰めて、後ずさった。
 球体関節人形の残骸が、その部屋一面を埋め尽くしていた。それも、それらは全部、
 十歳前後の少女と等身大だ。積み上げられた人形の中に、腕や足が紛れ込んでいる。
 その山の反対側には、頭部だけが固めて置かれていた。深い緑色の目をした少女の頭が、
 粗雑に積み上げられている。気味悪がるリアトリスとは逆に、ディックは物怖じせずその残骸に近付いた。

 膝を付き、手近に転がっていた頭を持ち上げる。ずっしりと重たい。
 人間の本物の頭部と、同じくらいの重さだろうか。手に掛かる亜麻色の髪は、真綿のように柔らかくて、
 さらさらしている。亜麻色の髪の一本、一本が、きめ細やかに作られていた。どの人形も、
 綺麗に眉毛の上で前髪が切り揃えられている。そしてどの顔にも、硝子のように無機質な緑の瞳が二つ、
 埋め込まれていた。いや、片方しか入っていない頭もちらほらと見かける。しかし、
 そのどれもが、硝子玉にも関わらず、今にも動き出しそうな程、生々しさを感じさせた。

「もう、この部屋出ようぜ」

 と、リアトリスが急かしてくる。
 その言葉に、ディックは頭をその場に置き戻してから、静かに立ち上がった。
 無機質に転がっていた人形達は、こちらをじっと見つめたまま、再び闇の中へ消えていく。

 そして、扉が締め切られた。

 部屋を出て通路を歩いていると、壁を百足が這っていくのが見えた。足元にも、気色の悪い虫がうじゃうじゃといる。
 割れた窓硝子の破片を踏みつけて進むうち、ディックとリアトリスは更に上へ繋がる階段を見つけた。
 登ろうとリアトリスが足を掛けた途端、その一部分が脆く崩れ、穴が開いた。
 城に響くのは、ディックとリアトリス二人分の足音とその息遣いだけだ。ランタンの灯りに照らされて、
 石階段の壁に二人の影が映し出されている。螺子のような階段を、ぐるぐると登り続けていたが、
 ようやく階段が途切れた。最上階に辿り着いたようだ。

 真っ暗な通路を、ランタンの灯りだけを頼りに進んでいく。
 壁には色褪せた絵が、等間隔で並べられていた。目を閉じている少女と、調度品に囲まれた部屋が描かれている。
 どれも、同じ絵が描かれており、その絵の下には、白いプレートが掛けられていた。
 どのプレートも、今から百年程前からの日付とともに、題名らしいものが書かれていた。
 「一緒に」の手前には、辛うじて四つの文字が書いているのが分かる。しかし、その文字の方は、
 何度も指で擦ったような跡があり、酷く掠れていて読めない。

「んん?」

 とある風景画に近付いたリアトリスが、怪訝そうな声を上げた。
 それから一歩下がって、その隣に飾られていた風景画の、プレートを照らす。

「どうかした?」

 足を止めて尋ねるディックに、リアトリスは手招きをして呼び戻した。

「いや、なんとなく見てたんだけどさ。これ、日付……」

 リアトリスは、ランタンを持つ方とは逆の手で、目の前のプレートを指差す。

「この絵の日付さ。ナンタラと一緒に、の、その前の日付な。タイトルは、全部ナンタラと一緒に、
で統一されてんだけど。日付がさあ、有り得ねえの。おいら、最初は見間違いと思ったんだけど」
「何が言いたいの?」

 要領を得ず聞き返すディックに、リアトリスは説明した。

「日付がさ。あっちと、あの絵だとええっと、五十年違い。まあ、それはいいんだけどさ。
これと、これは百……三十? 年くらい違う。でも、タイトルの筆跡は全部同じっぽい……」

 自分でも分かりにくいと思ったのか、リアトリスは言い直した。

「同じ奴が描いた絵にしちゃ、作成の年が寿命的に有り得ねえなって」

 そう言われて、ディックはリアトリスが最初に足を止めたプレートと、その隣の絵のプレートの字を見比べる。
 確かに、同じような歪な筆跡。そして、絵が描かれた日付は、この二枚だけでも百年の差がある。
 そして、もう一つ。恐らく同じ場所で、同じ少女を描いたのだと思われたが、絵は日付を追う毎に、
 描かれる調度品の数が少なくなっていた。最後の絵に至っては、少女しか描かれていない。

「……まあ、絵なんか放っといていいか。城の調査だもんな」

 リアトリスは、自分から話を振ったというのに、ランタンを掲げて歩き出した。
 絵には、もう目も呉れない。ディックも、とりわけ絵に興味はないので、その後に続いた。

 そうして、やけに大きな扉の前で足を止める。立体的に模様が描かれた、金色の扉がそこにあった。
 通路は、ランタンの光でようやく歩ける程暗いというのに、その一箇所だけ、やけに見通しが良い。
 扉がぼんやりと輝いていたからだ。訝しむリアトリスに代わり、ディックが躊躇いなく扉に触れた。
 ゆっくりと押していくと、いとも簡単に扉が開く。



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