06
通路の天井には、昔はステンドグラスを嵌め込んでいたらしい。
しかし、そのステンドグラスも朽ち果てて、そこから雨水などが落ちてきたのだろう。
名前も分からない植物が、至る所に自生して、塗装の剥げた壁に張り付いていた。
踏み出したリアトリスの足元を、何かが駆け抜けていく。しかし、こう暗くては何も見えない。
リアトリスは腰に下げた鞄から、ランタンを一つ取り出した。マッチを擦って火を灯せば、
ぼんやりとした光が室内を照らし出す。その橙色の頼りない光の中に、ディックの姿が浮かび上がった。
リアトリスは、ランタンを掲げて辺りを照らし出す。色褪せた紅色の絨毯が通路に敷かれ、
そのまま玄関ホールへと続いていた。更にその長い絨毯は、前方に見える階段にも敷かれ続けている。
乾いてぐしゃぐしゃに千切れた、落ち葉の残骸や砂。虫の死骸などで薄汚れたその絨毯は、
かつてはこの地の有力者を、何度も渡らせていたのだ。敷き詰めたタイルの隙間からも、
雑草が伸びていた。天井では、今にも落ちてきそうなシャンデリアが、ゆらゆらと揺れている。
落下したシャンデリアも見つけた。
「行くよ」
そう声を掛けてきたディックが階段を上がっていき、再びランタンの光から消えていく。
その呼びかけに、リアトリスは駆け出して、ディックに並んだ。ランタンで通路を照らせば、
かつてこの城に住んでいたと思われる、人々の肖像画が飾られていた。しかし、すっかり色が剥げ落ちて、
損傷も激しいものばかりだった。
彼らは、絵の中で気取ったポーズを取り、ただ、無感覚な視線をこちらに投げかけている。
その肖像画の下には、小さなネームプレートが掛けられていた。しかし、こちらの損傷も激しく、
文字も掠れていて殆ど読み取れない。
「あれ?」
等間隔で並んでいた肖像画のうち、とある一枚だけ黒く塗り潰されていた。
一緒に描かれている女性は、優しい微笑みをこちらに向けていたが、彼女が抱いていた赤ん坊の顔が、
黒く塗り潰されていたのだ。顔の部分を執拗に、何度も色を重ねたのだろうが、その執拗な塗り方には、
まるで消し去ろうとしたかのような、そんな寒気を感じさせる。その為か、損傷が激しい中でも、
顔の部分だけはしっかりと、真っ黒な絵の具が残っていた。なんとなくだったが、
女の微笑みは、どこか強張っているようにも見える。
「ん? この絵だけネームプレートがねえな」
手を伸ばして、額縁に触れてみる。その途端、肖像画は派手な音を立てて床に叩き付けられた。
素で驚いたリアトリスは、小さな悲鳴を上げて一歩退いた。
「びっくりした……ん?」
リアトリスの耳に、キィ……と、静かに扉が開閉する音が聞こえた。
リアトリスがランタンを向ければ、とある部屋の扉を、ディックが開けている。
――よくもまあ、この暗闇の中。迷いもなく進めるもんだ。
そう思いながら、ディックに駆け寄ったリアトリスが、
「この部屋に何かあんの?」
と、なんとなく部屋の中にランタンを差し込んだ。
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