04
そこまで話したリアトリスに、黙って話を聞いていたディックが、ようやく口を開いた。
「それで?」
「一緒に行こうぜって、思ってさ」
流石に、今日は天気悪いからパスだけど。
そう付け加えるリアトリスに、ディックは断ろうとした。けれども、はたと思い直す。
シェリーは、彼をギルクォードに留めておきたい。魔物ハンターとして真面目なリアトリスが、
全部投げ打って逃亡するとは考えにくいが、それでも可能性はゼロではない。逃げたのなら、
シェリーは町を離れて、ギルクォードを他の魔物に渡すつもりだろう。
「……」
もし、そんなことになれば、イェーガー夫妻もオボロも、為すすべもなく魔物に蹂躙され、無惨に殺されるのだ。
それは、少し可哀想だな。
そんな感情が、ほんの少しだけ沸いた。しかし、すぐにどす黒い何かに押し込められて、消えていく。
「ディック、どうする? 都合悪けりゃ、おいらだけでもいいんだけど」
「いや、俺も行くよ」
ディックはそう言った。それは、決して怯えている行商人の為ではない。
シェリーがギルクォードに向けた注意、その見張り役という駒を、失わせない為だ。
「んじゃ、明日でどうだ?」
「それでいいよ」
リアトリスの提案に、ディックは頷いた。
◆
大変だね。と言いたげな、グラニットに見送られ、ディックとリアトリスはアーリットを出ていく。
ギルクォードと外は、他の町や村と同様に、硬くて高い石の壁で囲まれている。その西側の一箇所だけに、
出入り口となる門があった。その門を超えて少し歩けば、シェリーの住まう時計台がある。
ほんの百年程前までは、町とその外側に境界線などはなかった。それが、丁度魔物ハンターという職業が確立し始め、
人々が魔物の脅威から幾らか守られるようになった頃に、こうして壁が作り出されたのだ。
それは、人間が魔物に対して示した縄張り、領地、その目印だった。
とはいえ、魔物側がそれを素直に守ることは、殆ど無い。それでも、気休め程度にはなるものだった。
門を出て、ボルマー地方へ足を運びながら、リアトリスがディックに尋ねる。
「そういえばさ。……あの魔物には、言わねえのか? 行くってこと。
……その、シェリーに」
躊躇うように名前を言う。ディックは「うん」と頷いた。
「わざわざ言う程のことでもないし。言わなくても分かってる」
「ふーん」
リアトリスはほっとしているようだ。彼はどうにも、魔物ハンターとしての心や考え方。
そして、消えることのない魔物への敵意から、寛大に彼女を受け入れることが、出来ないらしい。
それも、普通の人間なら当たり前か。と、ディックは思う。人間が魔物を受け入れることなんて、殆ど無い。
そんな関係になり、愛し合った末に、新たな生命を宿すこともある。
けれども、非常に希な出来事だった。
そうして、シェリーの時計台を通り越し、更に歩き続けてから、ようやくトスカーナ山に差し掛かった。
ここまで来れば、山を超えればボルマー地方だ。ここまで、一匹も魔物と遭遇することはなかった。
ギルクォードの町に近付けば近付く程、色濃く魔力を感じられるが、この辺りにも薄らと、
シェリーの魔力は漂っていた。しかし、気を抜けば見失いそうだ。山の周辺は、管轄外なのだ。
トスカーナ山へと足を踏み入れ、ディック達は登り始めた。
人の行き来が多かった頃より、少しずつ作られた人の道は、二人を簡単に導いてくれる。
時々飛び出してきたり、飢えの余り襲いかかってきたりする、魔物達をなんて事も無く倒しながら進んだ。
その途中で、リアトリスが静かに足を止める。
ディックが数歩歩いてから、リアトリスが歩いていないことに気付き、振り向いた。
木々の間から、リアトリスは一つの村を見下ろしている。
――ル・コートの村、か。
ディックもその村に目を向けた。遠目からでも、酷く荒れ果てているのが分かる。
村が滅んだのが十年前と聞いた。その間、寄り付く者も手入れする者もいなかったのだろう。
家屋は潰れ、土は抉れ、草木一本生えていない。昨日、リアトリスはどのような心境で趣いたのか。
「悪い。行こうぜ」
明るく言ったリアトリスは、ル・コートを最後に一瞥してから歩き出す。
ディックも、それについて歩き出した。
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