03
「ギルクォードから西に向かった先に、グラフトン湖っていう湖があるんだけどな。
その湖の近くにある、クロズリーの町。そこの調査をして欲しいんだ」
「調査、ね。ちゃんとした魔物ハンターに、頼まないの?」
リアトリスは、実質クビになった魔物ハンターだ。
そういう依頼は、本来ならば正式なハンター達に頼むのが、道理であった。
オボロは苦い笑みを浮かべながら、布巾でカウンターを一拭きする。
「いやあ。正式な魔物ハンターは、一人雇うだけでも高額でしょ。店が潰れちゃうよ」
直接魔物と戦う職であるため、オボロの言う通り、魔物ハンターは一人雇うだけでも、かなりの金額を要した。
その点、リアトリスのような、個人で行っている者になれば、金額はその半額以上だ。
とはいえ、きちんとした訓練を受けていない者が殆どであり、その安全や達成は保証されないのが、欠点だった。
「なるほどな。まあ、おいらとしても、せめて食費くらいの稼ぎは必要だから、
受けてもいいけどさ。なんでまた?」
「二、三週間前くらいにな。魔物に襲われて滅んだんだよ」
イェーガーの言葉に、リアトリスは口を閉じる。ル・コートの惨状を思い出した。
また一つ。魔物に襲われ、無くなってしまった人間の領地が出来てしまった。
肩を落とすリアトリスに、オボロが続けた。
「クロズリーに、クロズリー城っていう小さい古城があるんだけどね。
もう、村人も誰もいないのに、人の気配がするらしいんだ」
「らしいって、誰かに聞いた話?」
「ほら、時々この街にも商隊が来るでしょ。その隊長のダリオに聞いたんだ。ダリオは、まだ村人がいた時に、
彼らから聞いたらしいよ。誰もいないその城から、人の気配がするとか、灯りが点いていたって話もある」
そういえば、二、三日前に荷車を引いた団体が来ていたことを、リアトリスは思い出した。
見覚えのある団服に身を包んだ、屈強な男達を二人程連れていた。
彼らが、ギルクォードやその近隣の村を巡り、野菜や肉を届ける行商人達である。
リアトリスは指についた、サンドイッチのソースを舐めながら言った。
「おいら、幽霊とかのオカルトは専門外だぜ」
「幽霊か魔物か、それを調査してくれっていう、依頼なんだ。
このままじゃ、気味悪がった行商人の人達が、ギルクォードに来なくなってしまう。
彼らも、二人以上雇うのはきついって言っていて、」
そこで、オボロは申し訳なさそうな顔をした。
「うっかり、魔物ハンターだった子がギルクォードで、暮らしているって言ったら……
その、頼まれちゃって」
「オボロのおっちゃん……おいらのこと、話しちゃったの?」
困惑した顔をするリアトリスにオボロは、
「すまない」
手刀で謝罪を切る。リアトリスは小さく溜息を吐いた。
そして、「で?」とオボロを見た。
「他の魔物ハンターの耳には、入ってないだろな」
「大丈夫、大丈夫。魔物ハンターの耳に入れば、彼らも気分が悪いでしょ。
その辺りは、行商人の人も分かっているから。こっそりと、頼んできたよ」
「なら、いいけど。……分かった、様子見てくるだけだぞ」
渋々と言った感じでそう言うと、オボロはほっとした顔をする。そして、麻で出来た小さな袋を、
静かにカウンターの上に置いた。イェーガー達までが、「なんだ、なんだ」と身を乗り出してくる。
「これは?」
「商隊の人から、お預かりした料金だよ。フリーなら、相場はこれくらいだろうって」
オボロに促され、リアトリスはそっと袋の口を開ける。中には数枚の金貨と、銀貨が入っていた。
リアトリスがこれまで受け取った代金と比べても、充分過ぎる枚数だ。逆にそれが怖くて、
リアトリスは早々と袋を閉じた。
「買い被り過ぎだろ……」
魔物ハンターは、その力量によって支払い金額が変わる。
隊長クラスともなれば、オボロの店を買い取れるくらいの金額だ。
「頼んだよ、リア坊。もし暇なら、ディックも誘うといいよ」
そう言って、オボロが笑った。
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