10
リアトリスがそんな、苦しい呼吸をしている時。
ディックはシェリーを非難するように、
「……わざと、あの子の銃弾を受けただろ」
そう言った。するとシェリーは、肯定するわけでも否定するわけでもなく、
只、クスッと笑った。
「シェリーが人間なんかに、殺されないって信じてる。でも、本当に焦るから」
非難めいた怒った声に、シェリーは「怖い、怖い」と笑う。
そして、ディックの腕に、するりと腕を絡みつかせ、上目遣いで彼を見上げた。
「すまなかった。心配かけた」
普段の凛とした声とは打って変わり、甘えるような声音に、ディックは面食らったような顔をした。
思わず、「もういいよ」と言ってしまう。こうして、毎回彼女のペースに振り回されるのだが、それももう慣れてしまった。
「でも、町の見張りなら俺でも良かったんじゃない?」
「なんだ、ディック。妬いているのか?」
「シェリー」
からかうようなシェリーに、ディックはそれを諌めるような声で制す。
シェリーは唇に笑みを浮かべた。妙に艶かしい笑みだった。そして、甘い声で諭すように言う。
「おまえは駄目だ」
「なんで」
シェリーはディックの右目へと手を伸ばす。ディックは思わず、びくりと肩を震わせて目を閉じた。
しかし、包帯越しに伝わってきたのは、愛おしそうに撫でる手の感触だ。
「おまえに何かあったら困る」
話はそれでおしまい、とでも言うように、シェリーはころりと話題を変える。
「ディック。言うまでもないが、あまり引きずるなよ」
「分かってる。シェリーも無事だったし、もう言わないよ」
そう言うと、「違う」とシェリーは首を横に振る。
「あのガキに対しても、だ。怒りは力の引き金となり得るに最良のものだが、
程度を誤れば己をも滅ぼす、厄介な感情だ」
その言葉に、ディックは微笑んで見せる。
「……大丈夫。分かってるから」
ディック自身、普通に言っているつもりなのだ。
しかし、シェリーは僅かに翳りを見せた彼の表情や声音から、「しまったな」と後悔する。
あまり思い出させたくないことを、思い出させてしまった。
シェリーは手を伸ばすと、ディックの頭をそっと撫でた。目を丸くするディックを見て、
笑顔を浮かべ、わざとらしい程に上品な声で言う。
「良いお返事」
「シェリー、もう子供じゃないんだから」
そんなシェリーの気遣いを、知ってか知らずか。
ディックはおどけるように笑って、そう返した。
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