09


「何も知らなかった体で、とっととギルクォードから離れるか? それとも、
おまえらお得意の、”スケープゴート”になって、あたしを町に留めるか?」

 見定めるような眼差しに、リアトリスは目を逸らせない。

「……ここで、おいらを殺すのか?」
「おまえ、自分の命で、免じることが出来る物とでも?」

 そこでシェリーは、にやりと笑う。リアトリスはその射抜く視線に耐えられず、先に目を逸らしてしまった。
 シェリーは、”生贄の山羊スケープゴート”の行為を愚行だと罵った。 命を懸けて、死に怯えながらも仲間を守ろうと、
 自ら”生贄”となった上司や仲間達の死を、侮辱されたように思えたのだ。頭にカッと血が上ぼり、
 その怒りの余り、引き金の弾を引いて、本当に当ててしまった。此処から追い出すつもりでいたのに、
 魔将に弾を当ててしまったのだ。その行為は、確かに自分一人の命で償えるものではない。
 ギルクォードには、ル・コート村よりも、たくさんの人間が暮らしているのだ。 

 ディックがそっとシェリーに尋ねた。

「スケープゴート、……って?」

 シェリーはディックに説明するというよりも、リアトリスに投げかけるように言った。

「おまえらハンターは、生贄、或いは身代わりという意味で、一人の人間をスケープゴートと呼ぶんだろう。
戦えなくなった人間を、餌のように魔物に与え、それに食らい付いた魔物を、一斉に攻撃する。
仲間だった人間諸共に。しかし、あたしはその言葉を、贖罪の意味でそう言った」

 贖罪という言葉に、リアトリスは眉を潜めた。

「おまえ、流れ者なんだろう。ならば、このギルクォードに留まれ」
「どういうつもりだ」

 不審そうに睨み付けるリアトリスに、シェリーは射抜くように鋭い眼光で睨み返す。
 それっきり、何も口にしない。彼女が何を考えた上で言ったのか。流石にディックも読み取れず、
 シェリーに問いかけた。

「本当に、どういうつもり?」
「きな臭いんだよ」

 ディックの問いかけには、素直に応じるシェリーに、リアトリスは憮然とした顔をする。
 シェリーは、リアトリスが入ってきた、吹き抜けの入口を見つめる。
 正確にはその更に先、北の方角を睨んでいた。

「おまえも感じていたことだろう。最近、やたらとこの時計台を訪れる人間が多い。
しかも、それは魔物から逃げてきた者の方が、多くなっている」

 それは、ディックも思っていたことだ。それに、以前はこの間の魔物の群れのように、
 弱い魔物が人の町付近に出没していたが、最近ではそれなりに力のある魔物も、多くなっていた。
 自警団だけでは手に追えない魔物が出没するため、ディックがギルクォードを離れる機会も、
 比例して多くなっていたのだ。

「あたしは町に近付けない。必要以上に人間を怯えさせる程、あたしは稚心に塗れていない」

 確かに彼女は、時計台から町に出ることはない。
 人間の方が、彼女を葬ろうとやってきた時。または、人間が無断で自分の領域、つまりは時計台に足を踏み入れ、
 攻撃をしてきた時には、その圧倒的な実力で返り討ちにさせるが、理由なく人間を襲うことなど無かった。
 彼女は他の魔物と違い、人間と魔物の領域の境界線を、しっかりと把握していた。

 シェリーが、訝しげに目を細める。

「そのうち、町の方に異変が起こる。しかし、あたしが町に降り立てば、ギルクォードは更なる混乱に陥るだろう。
おまえには、ギルクォードを見張ってもらう。不審なことが起きたらすぐに言え」
「……自警団じゃダメなのか?」

 リアトリスが尋ねると、シェリーは彼を睨み付ける。

「奴らは腑抜けだ。あたしがいて、ディックが魔物を退治するようになってから、
気を緩め過ぎている。異変が起こったら、最初に死ぬような奴らだ」

 それに。と、シェリーは続けた。

「あたしも奴らも、互いに信頼などしない」
「おいらのこと、信頼するんだ?」

 リアトリスは、腹いせとばかりに、思い切り馬鹿にしたような顔で笑って見せる。
 すると、その数倍腹ただしい表情を浮かべて、シェリーが言い返してきた。

「おまえが、ギルクォードから逃げたなら、この町はすぐに滅びる。
だが、勿論逃げるもの留まるのもおまえの自由だ」

 その言葉に、リアトリアスは顔を顰める。

――自由と言いながら、恐喝だろが。

 そう思いながらも、ディックの忠告を無視して動いた自分にも、責任はある。
 ギルクォードの住人の命、その安全は、今、リアトリスの両肩に重く伸し掛っているのだ。
 リアトリスは、ようやくライフルを下ろし、背中に背負い直した。

「……分かった。このことは、おいらが招いた種だ。だが、おいらはあんたにゃ従わねえ。
魔物の言うことは、聞かねえ。おいらのやり方、おいらの思う通りにさせてもらうぜ」

 リアトリスはそう言って、ディックを見る。ディックはシェリーを守るように、一歩彼女の前に出て、
 こちらを見つめてきた。右手はずっと、剣の柄を握っている。

「悪かったよ」

 忠告を無視したことを謝罪する。すると、ディックは首を横に振った。
 時計台の外に出たリアトリスは、少し歩いた所で膝を付いた。胸苦しい程に喘いだ。
 手足がピリピリと痺れている。長時間、魔将の傍にいたために、その強力な魔力に当てられてしまった。
 リアトリスは、荒い呼吸を繰り返しながら、振り返る。時計台を囲むように作られただろう塀の、
 形をまだ保っている箇所の陰に、身を潜めている。二人には見えないだろう。
 リアトリスは顔を顰めた。

――参ったな。



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