08


 やがて、焼き尽くす感覚が完全に消えたところで、リアトリスは布の中から姿を現す。
 シェリーとディックが、こちらを見ていた。口元に手の甲を当てて、シェリーは「ふふっ」と、
 わざとらしい程に、上品な笑い声を上げる。

「魔物を狩る人間が、魔物の力で身を守る、か。滑稽だな」
「なんとでも言え」

 その返答に、シェリーは流れるような仕草で、ディックに目を向ける。

「ディック。魔物ハンターが、こういう道具を使うのは初めて見ただろう」

 遥か昔より、武器を持って魔物に抵抗する人間はいた。
 しかし、そんな人間が集まり、魔物ハンターという組織を立ち上げ、活動するようになったのは、ほんの百年前だ。

「覚えておくといい。こいつら魔物ハンターは、倒した魔物の角や毛皮を使って、防具を作るんだよ」
「でも、魔物は死んだら消える筈だ」

 命を失い、黒い塵となって消え去る魔物の姿を、ディックは何度も見てきた。
 シェリーはニィッと唇を、不敵に釣り上げる。腕を組み、豊満な胸を更に強調させながら、
 凍てつくような冷笑を、浮かべている。ゆっくりと、階段を降りながら、彼女は語った。

「そうさ。だからこいつらは、悍ましい方法を使う。生きている間に、角を折り、
皮を剥ぎ、牙を抜き……そして、目を抉る」

 痛みが、ぶり返した気がして、ディックは右目を抑えた。

「生きている間に取った部位は、魔物が死んでも消え去らない。
そうして、こいつらはこんな道具を作り出す。そうしないと、あたし達に勝てないと理解しているからだ。
自分達人間は弱いのだと、理解しているんだ。それでも、どうして戦いを挑んでくるか。
ディック、分かるか?」

 静かにかぶりを振るディックの隣に立って、シェリーは言った。

「やらなければ、やられるから。つまりそれは、怖いからさ。臆病な人間は、異端なものを決して受け入れない。
そして、挙句の果てには、あたし達魔物に一太刀浴びせようと、命を捧げる程の愚行を繰り広げる……」

 その途端、鋭い銃声が響き渡った。ディックが目を見開いて、呆然とシェリーを見つめる。
 彼の目の前で、シェリーが額から真っ赤な血を噴き出していた。後頭部から、血の尾を引いて弾が飛び出していく。
 深海のように、深い青色の瞳を身開いたまま、シェリーはゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。
 一瞬遅れて、

「シェリー!」

 と、叫ぶように名前を呼んだディックが、彼女を支えた。
 見る見るうちに、ディックの翡翠の瞳が、赤く染め上がっていく。黒い瞳孔がどんどんと鋭く細く、尖っていく。
 憤怒で彩られた、真っ赤な瞳でリアトリスを睨み付ける。同じように、憎悪を孕む表情のリアトリスが、
 向ける銃口からは、細い煙が立ち上っていた。シェリーを階段の壁にもたれさせて、
 ディックが剣を引き抜こうとした時。

「落ち着け」

 シェリーの唇が動いた。その声に震えたのは、ディックだけではない。するりと手を伸ばし、
 シェリーは打ち抜かれた額に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がる。リアトリスが、
 目を丸くしたまま、なんてこともなく動いているシェリーを凝視した。

「なんの迷いもなく、正確に脳天をブチ抜いたことは、褒めてやろう。
不意打ちとはいえ、あたしに一発当てたのは、おまえが初めてだ」

 そう言いながら手を離すシェリーの額には、血の跡どころか穴すら無かった。確かに打ち抜いた。
 リアトリスは、弾が突き抜けていくのを確かに見たのだ。

「だが、残念だったな。あたしは、その程度じゃ死なない」

 シェリーが微笑んでくる。ぞっとする程、冷たい顔だった。

「さて。おまえは己が抱く、身勝手で幼稚な正義感から、あたしに銃弾を放った。
しかし、それは結果的に、この町の人間を、危険に晒すこととなったわけだ。
おまえの銃弾一つで、あたしは町を離れる理由が出来たんだからな」

 リアトリスはディックの言葉を思い出す。
 彼女がいるお陰で、ギルクォードは魔物の脅威から守られている。彼女がいなくなれば、
 町は再び魔物に攻め入られることとなる。守り手を失った町は滅ぶこととなる。

「おまえは、ディックを無視したんだ。せっかく、ディックが忠告してくれたのにな」

 階上で、話を聞いていたらしい。シェリーの蒼い瞳が、まるで刃物のような鋭さを帯びた。
 どきり、と心臓が音を立てる。

「さて、どうする?」



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