07
その深海のように、澄んだ蒼い瞳を見つめていると、魂を吸い取られそうな錯覚に陥る。
けれども、リアトリスは負けじとその瞳を強く睨み返した。
――気をしっかり持て。
リアトリスはライフルを持ち上げて、その銃口をシェリーに定めた。
ディックが、目を伏せるのが見える。しかし、それも束の間のことで、すぐにシェリーへと視線を戻した。
「ディック。誰だ、そいつは」
「リアトリス・テオっていう子。魔物ハンターだったんだって。
今朝方、町外れでイェーガーさんが助けたんだ」
「ほう。魔物ハンターか。奴らは群れでしか動けないと思っていたが……おまえは一人か」
「……」
シェリーの嘲るような声に、リアトリスは何も言わない。
唇を釣り上げて、嘲けるように笑うシェリーは、リアトリスを侮辱するように言い放った。
「群れを追い出されたのか」
その煽りに、思わず言い返しそうになったが、リアトリスは喉まで湧き上がった言葉を、ぐっと飲み込んだ。
魔物のペースに飲まれてはいけない。一度彼らのペースに捕まれば、もう勝機は見つけられない。
シェリーはどこまでも腹を立たせるような、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「あたしは、何度も魔物ハンターと遊んだことがあるし、他の魔物とじゃれている所を見たこともある。
奴らは総じて、一匹を犠牲に全体を勝利へ導こうとする戦い方を好む」
魔物ハンターの戦闘を見た者が言うには、同じ人間でも、彼らの戦い方には鬼気迫るものを感じさせるらしい。
彼らの恐ろしさとは、その集団行動だ。誰かを犠牲にしてでも、確実に、着実に魔物へダメージを与える。
全体の勝利のためには、其々が捨て駒になることさえ厭わない遠戦法だ。
その”誰か”とは、常々、魔物の攻撃を受け、その毒素で命が残り短い者が、引き受けていた。
彼らは総じて、仲間から称賛の意味を込めて、「生贄の山羊《スケープゴート》」と呼ばれるという。
「おまえ、いずれ生贄になることを、恐れて逃げ出したのか? それとも、追い出されたか?」
「あんたに話すことなんか、何もねえよ!」
リアトリスが引き金を引いて、シェリーへと銃弾を放つ。
ディックが剣に手をかけ、引き抜こうとするよりも早く、シェリーが放った青白い炎が、銃弾を飲み込んだ。
その熱気で弾を容易く溶かした。どろりとした、鉄の塊だけが床に落ちる。
その硬い音を聞きながら、リアトリスが言った。
「グラニットのおばちゃんは、あんたが人を襲ったりしねえって、信じてるみたいだった。
でもあんたは、人を焼き殺したんだろ。人を欺くことくらい、ワケねえって感じだな」
「あたしは一言も、あたしを信じてくれとも、人間には手を出さないとも、言っちゃいない。
変わり者が勝手にそう思っているだけさ」
シェリーがニコリと、女性らしい華やかな笑みを浮かべた。その笑顔を見た途端、
リアトリスは背筋から腕から、ぶわっと鳥肌を立てた。凄まじい悪寒と殺気。そして、ヤバイという感覚だけが体に残った。
彼女から放たれた魔力の炎を見ただけで、圧倒的な敗北感を刻みつけられる。
それでも、リアトリスはライフルを発砲し続けた。飛び出す銃弾は、床や壁から吹き出す青白い炎に飲み込まれ、
シェリーには届かない。引き金を引くたびに、魂が抜けていくような感覚に陥る。
ライフルを構える腕に、力が入らない。魔将の魔力に当てられたのか、息苦しい。
リアトリスは蒼空の瞳で、シェリーを睨みつけながら、ふとディックを見た。
彼はこの戦闘を、只、静観していた。止めることも、声を上げることもない。
不意に熱気を感じたリアトリスが、視線をシェリーに戻せば、青白い業火がこちらに迫ってくるのが見えた。
避ける場所はない。リアトリスは、腕に巻きつけた白い布に触れる。
「守れ!」
彼がそう叫んだ瞬間、白い布は意思を得たように動き出した。
元々の面積よりも大きく広がって、まるでマントのように大きくなった布は、リアトリスをぐるりと包み込んだ。
布に包まれながら、リアトリスはその熱を感じていた。とてつもなく熱い。守られていても、
皮膚が焼かれているように思える程だった。
[ 17/115 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]