06
凍り付いたように、冷たい翡翠色の瞳が、じっとリアトリスを見据えている。
リアトリスは、ディックから銃口を外した。
「魔物退治だ。……あんたこそ、こんな廃墟でなにしてるのさ」
「……悪いことは言わないから、帰ってくれないか」
ディックは質問に答えず、そう言った。
「誰も、シェリーには勝てないよ」
リアトリスは眉を潜めた。
「あんた、此処にいる魔物と顔見知りなのか?」
「その程度の付き合いだったら、君を止めないよ」
その返答を聞きながら、リアトリスはライフルの引き金から、指を離さなかった。
ディックから向けられるのは、明らかな敵意だ。顔つきも口調も穏やかだったが、
気を許せばすぐにでも、踊りかかってくるような、そんな危うさを感じられる。
ディックの纏う敵意は、時計台に漂う魔力と合わさって、殺意に近いものに思えてきた。
「おいらは魔物ハンターだ。魔物が人間の領地にいるのなら、
それを駆除するのが、おいら達の仕事だ」
「……今までも、何人もいたんだ。そうやって、自分勝手な正義を振り翳して、
シェリーを葬ろうとして、返り討ちになった奴らが」
ディックの言葉は、どこか哀れみと諦めが含まれているように思えた。リアトリスが尋ねる。
「あんたは何度も、そうやって止めたのか?」
「……」
問いかけた言葉に答えずに、ディックは階段を降りきった。そこから、動こうとしない。
彼がそこをどかなければ、リアトリスは魔物に会うことが出来ない。
「俺は只、後始末が面倒なだけだよ。君はきっと、イェーガーさん達からシェリーのことを聞いて、
ここに来たんだろう。君が戻らなければ、二人はシェリーが君を殺したと思う。そうなったら、
町にいる自警団がこの時計台に押し寄せてきて、シェリーを殺そうとするだろうね。
でも、誰もシェリーには勝てない。自警団は誰一人残らず、シェリーに負ける」
ライフルを構えたままのリアトリスに対して、ディックはぼそりと言葉を投げかけた。
「シェリーは魔将だ」
魔将とは、魔物の中でも特に力の強い魔物の総称であった。その強さも魔力も、
その辺の魔物とは、比べ物にならない。溢れ出す魔力だけで、人を殺せるとまで言われている。
それだけ、纏う魔力には毒気が強いということだ。
「魔物ハンターだったなら、その言葉は知っているだろう。魔将に喧嘩を売る魔物なんて、殆どいない。
シェリーがここに居座っているお陰で、ギルクォードは魔物の脅威から守られている。
だけど、シェリーは自分に牙を向けてきた人間を許し、守り続ける魔物じゃない。
守り手を失ったギルクォードは、早々に魔物に攻め入られて、滅ぶだろうね」
ディックの語る口調は、どこまでも静かだった。
暗い炎を湛える視線が、ひたりとリアトリスに向けられた。
「君は、そんな結末になると知りながら、シェリーに戦いを挑むのか?」
リアトリスには、彼がこちらの身を案じているようにも思えた。
「シェリーが降りてこないうちに帰れ」
ディックの脳裏には、四日前に焼き尽くされた親子の姿が蘇る。彼女は、誰にも容赦しない。
自分の領域を侵す者は、誰であろうとも焼き尽くす。そんな彼女の冷酷で冷然たる様は、
惹かれてしまう程凛々しく、美しいものだ。魔物として正しくあり続けるシェリーを、
ディックは愛おしく思っていた。けれども、ほんの僅かに残った人間への情が、彼を時折苦しめる。
「シェリーが来たら……」
成人年齢に差し掛かる十五歳とはいえ、彼はまだ、幼い子供に変わりないのだ。
「客人か? ディック」
凛とした声が響いた途端、その場は更に張り詰めた空気へと変わる。
ディックが振り向き、リアトリスが顔を上げる。二階へ続く階段の踊り場に、一人の女性が立っていた。
真っ黒なマーメイドドレスと、白いファーに身を包み、黒の長手袋を嵌めた長身の女性。
呆気に取られる程に、美しい容姿だった。けれども、一目見て、リアトリスはすぐに分かった。
彼女が、シェリーと呼ばれる魔将だ。
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