05
リアトリスはライフルを背負いながら、町の南側へ走っていた。
古びた時計台が、どんどんと近付いてくる。戦闘になることを見越し、リアトリスは武装していた。
首元を、硬い革で出来た防具で多い、腕や足には青銅製のカバー、鉄製の胸当てを装着している。
そうして、リアトリスは時計台へと辿り着いた。
石を積み上げた壁は、長年風雨に晒されてきたことで痛み、所々苔むしている。
色が変色している箇所も見受けられた。窓は全て破損していて、鐘も錆びているように見える。
出入り口の扉は壊れて、土の上に横たわっていた。木で出来ていた扉には雑草が自生しており、
時計台の周りは、リアトリスの腰まで伸び切った、枯れ色の草が生えている。
リアトリスは思わず身震いした。その扉の奥から、黒く冷たい魔力が流れ出していた。
凍りつくんじゃないか。そう思う程、冷気を帯びた魔力が足元に絡みついてくる。
トスカーナ山で感じた時と比較にならない程、濃密な魔力だった。それを、間近で感じて分かる。
これは、一人では決して、太刀打ち出来そうもない魔物だ。こんな魔力を持った魔物を、
リアトリスは一度だけ対峙したことがある。
――魔将だ。
首筋に、嫌な汗が一筋垂れる。
リアトリスは、ライフルを背中から外して、その銃口を前に向けたまま、入口に近付いていく。
近付くたびに、一歩足を進めるたびに、手足から血の気が引いていく心地に陥った。
時計台に足を踏み入れると、更に冷たい空気が出迎えた。指先から、感覚が失われていくように思えた。
吹き抜けの窓から差し込む太陽の光でさえ、その冷たさを温めることは、出来ないでいる。
「……」
リアトリスは足を止めた。自分が入ってきた場所以外にも、埃の無い場所がある。
他は深く積もっていたが、階段付近と崩れそうなその石階段は、埃が落ちていない面積が、多かった。
誰かが今でも、出入りしているようだ。
――魔将が、階段を使っているのか?
ディックが、時計台に用があると言っていたことを思い出す。彼が歩いた後だろうか。
ふと、リアトリスは冷たい床に焦げ跡に気付いた。
大人が横たわっている程の大きさのものが一つ。そして、小さくて歪だったが、子供らしきものが一つ。
腕のようなものが、隣接する小さな焦げ跡に伸びていた。そして、転がっている割れたランタン。
『人間を手に掛けたことがないんだ』
グラニットの言葉が蘇る。リアトリスは唇を噛んだ。
――この跡の残り具合からして、つい最近のものだ。やっぱり、おばちゃんは騙されてる。
手を伸ばして、リアトリスはその焦げ跡に触れてみた。ザラザラとしている。
とても、高い火力で焼却したのだと分かった。部屋の中を見渡せば、壁には染み付いた古い血痕や、
斬り付けた跡。天井にも焦げ跡が幾つもある。
相手は魔法を扱うことに長けた、魔物らしい。
ライフルだけでは、どうしたって防御面が疎かになってしまう。リアトリスは腕に巻きつけた、
白い布に触れた。立ち上がって、石の階段へ近付いた。
「何しに来たんだ」
静寂を揺らす声が響く。そして、リアトリスの行く手を阻むように、階段からディックが降りてきた。
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