04


「村人は皆、魔物に殺されたって聞いてたけど」
「まあ……ね。全員……いや、まあそれよりさ」

 と、リアトリスは話題を変える。

「おいら、今所持金がねーんだ。だから、おいらが食った分、なんでもするぜ」
「いいよ、いいよ。困った時はお互い様さね。うちは酒場だけどね、食事も提供するんだから」

 大袈裟に手を振って、そう言うグラニットに、リアトリスは首を横に振った。

「なら、尚更だ。おいら、無銭飲食だけはしねえって決めてるんだ」

 変に律儀なリアトリスに対して、グラニットとイェーガーは顔を見合わせる。
 リアトリスは、引き下がるつもりは毛頭ない。こりゃ参ったなあ、とでも言うように、
 苦笑いを浮かべたイェーガーが、リアトリスを見た。

「なんでも言ってくれよ。薪割りでも皿洗いでも掃除でも、モチロン魔物退治でもさ。
なんでもするから」

 魔物退治。という言葉に、ディックは僅かに眉を上げる。
 そんなディックに気付かず、イェーガーが腕組みをしながら、リアトリスに尋ねた。

「じゃあ、少し手伝ってもらおうかな。おまえさん、何歳だ?」
「十五だよ」

 それを聞いて、イェーガーは頷いた。

「じゃあ、ギリ大丈夫かな。今日の夜。アーリットを手伝ってもらおうかな」
「酒場の手伝いだな。でも、おいら普通の職業就いたことねえんだけど、大丈夫?」

 身を乗り出したリアトリスに、イェーガーはまた頷いた。

「なに、そんな難しいことはないぞ。客の注文品を、グラニットに伝えてくれればいい。
此処に来る連中は、皆顔馴染みの奴ばっかりだからな」
「よし。おいら、頑張るからさ。宜しくお願いします!」

 勢い良く椅子から立ち上がったリアトリスに、グラニットが「元気が良いね」と、
 明るく笑った。リアトリスは少年らしい、無邪気な笑顔のまま続けた。

「夜はここの店、手伝うとして。食器洗いは、させてもらうぜ」

 その言葉に頷いて、グラニットが言った。

「でもまあ、その前に。町長のじいさんに、お礼の挨拶でもしておいで」

                   ◆

 ディックに案内されて、リアトリスは町長の家に向かった。自己紹介と謝礼、簡単な話を終えて外に出ると、
 既にディックはいなかった。時計台に用があると、言っていたことを思い出す。
 そして、一人でイェーガー宅へ戻ってきたリアトリスは、宣言通りに、食器洗いを手伝っていた。

「リア坊。ル・コートに向かうとして、どこから来たんだい?」

 グラニットの、リア坊という呼び方に、リアトリスは少し驚いた顔をした。
 そして、渾名で呼ばれたことが、随分と久しぶりなことに気付き、少し気恥ずかしそうな顔をする。
 照れを隠すように、ぷいと前を向いた。

「スタンフィールドから、歩いて来たんだ」
「スタンフィールド? 大人の足でも半年掛かるよ。随分、遠くから戻ってきたんだねえ」

 今度は、グラニットが驚いた顔をした。スタンフィールドは、このギルクォードからずっと北にある。
 このヴェステルブルグ国、リグスファイヴ地方にある王都であった。王宮のお膝元というだけあって、
 魔物ハンターの本部やその寮が立ち並んでいるらしい。

「うん」

 頷きながら、リアトリスは手に持っていた皿の汚れを、流れる水で洗い流す。
 綺麗になった皿をグラニットに渡すと、彼女がタオルでその水気を取っていた。

「まあ、そんなワケだからさ。魔物退治なら、おいらに任せてくれればいいよ」
「アッハッハ、そいつは頼もしいね!」

 吹き終えた皿を棚に仕舞いながら、グラニットは大きな体を揺さぶって笑った。

「でも、心配いらないよ。この町にはディックと、それからシェリーもいるから」
「ディックって、あの赤い髪の奴だろ。シェリーって?」

 リアトリスの脳裏に、赤髪の青年の顔が蘇る。人の良い笑みを浮かべてはいたが、
 己の心を見せず、当たり障りの無い言葉で会話をする。誰かに踏み込むことも、踏み込まれることも拒否するような、
 雰囲気を纏う青年だった。

「この町に、二つ時計台があるのは知っているかい?」
「うん。トスカーナ山からなんとなく見えたぜ。北と南に建ってた」
「その古い方……南の時計台にね。住んでいる魔物さ」

 グラニットが言った言葉に、リアトリスは目を向いた。

「魔物だって!?」

 血相を変えるリアトリスを見て、グラニットは「あっ」と思った。
 リアトリスは魔物ハンターだ。魔物を駆除し、人間の領地や命を守るのが、彼らの仕事だ。
 魔物ハンターは、決して魔物に慈悲や情けを掛けない。例え魔物であっても、
 弱ければ魔物ハンターの総攻撃の前に、為すすべもなく倒れてしまう。

「皆、シェリーを怖がっているよ。でもね、シェリーは優しい魔物だよ。
人間を手に掛けたこともないんだ。町を守ってくれる、あたしら人間の味方さね」

 眉を下げて、宥めるように言うグラニットに、リアトリスは言い返した。

「おばちゃんは騙されてる。魔物には、優しい奴も良い奴もいない。
あいつらは、息を吸うように欺いてくるんだ」

 洗い終えた最後の皿を、リアトリスはグラニットに突き渡す。

「奴らは皆、そうしてほくそ笑んでいるんだよ。おばちゃん」

 そう言いながら、リアトリスはリビングを飛び出していった。
 食卓の椅子に置いていた、簡易な鎧を纏い、壁に立て掛けてあったライフルを背負いながら走り去っていく。
 と、すぐに戻ってきた。

「夜までには帰るから。ちゃんと手伝うから、そこは心配しないで」

 それだけ言うとリアトリスは再び駆け出していく。その様子を見ることしか出来なかったグラニットは、
 はっとしたように二階に向かった。ディックに貸している、奥の部屋へと太い身体を揺らして駆けつけ、
 扉を二、三回叩いた。

「ディック! ディック、いるかい!?」

 返答はない。更に扉をノックしても、返事がないことから、グラニットは扉を内側に開けた。
 相変わらず、殺風景な部屋を見渡す。ディックの姿はない。いつも携えている剣もない。
 窓は開けっ放しのままだ。

「どこに行っちまったんだろう。シェリーに、危険が迫っているんだよ」

 グラニットは、ディックがシェリーに特別な感情を抱いていることに、気付いている。
 とはいえ、それは彼女の思い描いている、甘い恋心なんてものではない。
 しかし、グラニットにはそんなことを、知る由も無かった。



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