03
かくして、その少年の食いっぷりには鬼気迫る物が感じられた。
イェーガーから事情を聞いたグラニットが、腕によりを掛けて作った料理を、少年は次々と空にしていく。
余程腹が減っていたのか、まるでアヒルのようにとっ散らかしながら、手と口を動かしていた。
その光景に、ディックだけではなく、イェーガーも呆気に取られているようだ。
ただ、グラニットだけはにこやかな笑みを浮かべたまま、
「まだまだあるからね」
と、少年におかわりも勧めている。
頷きながら、パンもサラダも口の中に掻き込んで、少年はそれを、水で一気に押し流す。
暴飲暴食、という言葉がディックの中に浮かんだ。
何人前食べたのかと、問いたくなる程の食いっぷりを見せつけた少年は、やがて両手を合わせた。
パンッという乾いた音が響く。
「ごちそうさまでした」
「おや、もういいのかい?」
グラニットが尋ねると、少年は頷いた。
「はい、もう満腹っす」
少年はグラニットとイェーガーに頭を下げて、ディックを見た。
小さな会釈をしてくるので、それに倣う。
「おいら、リアトリス・テオです。ごはん、すげぇ美味かったです。ありがとございます」
「満足してもらえて、良かったよ」
そう言うグラニットの隣で、イェーガーがリアトリスに尋ねた。
「……にしても、なんでおまえさん、町外れで倒れていたんだ?」
「色々あって……ここん所、マトモに食ってなかったんです。
まあ、そんでル・コートの村に戻ろうと思っていたんですけど、でもこの町から強い魔力感じてさ」
リアトリスは途中から、敬語ではなくなっていた。
「なんか、魔物が息を潜めているんじゃないかって、そう思って」
その言葉に、ディックは僅かに怪訝そうな顔をする。
――シェリーに気付いているのか。
魔物の力は、魔物同士ならすぐに把握出来る。しかし、人間にはそういう感性は、備わっていない。
それ故、魔物の奇襲で命を落とす者は多かった。先日の親子もその類だろう。
ギリギリまで迫る魔物に気付かなかったのだ。魔物の気配を感じ取れる人間というのは、
魔物と接触することが多い人物だ。それはつまり、自警団引いては、魔物ハンターということになる。
「君、魔物の気配分かるのか?」
確認のためにそう尋ねると、リアトリスは「うーん」と曖昧な返事をした。
「なんとなく、ってレベルだけどな。人によっちゃあ、その魔力の主がどれくらい強い魔物なのか、
その辺も把握出来るみたいだけど。魔力がどこから来ているのかっていうことしか、おいらにゃ分かんねえ」
「魔物の気配が分かるということは、君、魔物ハンター?」
もう一つ確認すると、今度ははっきりと頷いた。
「ああ。まあ、元って感じだけどな。今はフリーだ。
って言や聞こえは良いけど、どこにも所属してねえ、只の逸れもん」
「そうか」
ディックはリアトリスへの警戒心を強める。
シェリーのことだから、例え彼が時計台に乗り込んできても、なんとでもなるだろう。
彼女が人間なんかに、負ける筈がない。そこは心配していない。
しかし、先日の焼き払われた親子を思い出す。跡形もなく、シェリーの業火で焼き払われた哀れな親子だ。
「魔物ハンターという職業は立派だと思うけど。あまり、危険な場所に乗り込むなよ」
言い聞かせるように、ディックはリアトリスに言った。
「どれだけ優れたハンターでも、勝てやしないんだから」
その言葉に、リアトリスは少しむっとした顔をする。しかし、すぐに肩を落とした。
「分かってる。おいら達人間が束になったって、勝てる魔物なんかたかが知れてるくらい」
「で、おまえさん。なんでまた、ル・コートに向かっていたんだ?」
イェーガーがリアトリスに尋ねた。
「噂によりゃあ、十年前に廃村になったって聞いたぞ」
「うん。魔物に滅ぼされたんだ」
そう言うリアトリスの眉間には、鋭い電光が走っている。リアトリスが両手で挟むカップが、
小刻みに震えていた。ふつふつと、怒りや憎しみが湧き上がっているようだ。
「……まあ、それで」
けれども、その怒気を孕んだ表情もすぐに和らぎ、リアトリスは年相応の顔に戻る。
「みんなの墓参りがてら、ル・コート目指してたんだよ。久しく帰ってなかったからさ」
「おまえさん、ル・コート村の出身だったのか」
ギルクォードと、ル・コート村はトスカーナ山を挟んで隣接していた小さな村だ。
険しいトスカーナ山に囲まれた、山間部に位置する村で、村民は三十人にも満たない。
小さな村故に、自警団も二人程しかいない。食料は、殆ど村で栽培している野菜や、
山で採れる山菜や川魚くらいだ。他に、比較的大きな町から、ギルクォードと同様に、
一ヶ月に一度のペースでやってくる、行商人から、衣類や肉といった大きな物を買い取っていた。
勿論その行商人達は、金を払い、護衛を務める魔物ハンターに付き添われている。
その行商人から、イェーガー夫妻やギルクォードの住人は、ル・コートが滅んだことを知ったのだった。
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