02


 時計台で、しばらくシェリーと過ごしていたディックは、一度家に戻ることにした。
 昨日の夕方から、イェーガー夫妻と顔を合わせていない。
 夫妻の家には、「朝食は必ず一緒に摂ること」という決まり事がある。
 部屋を借りている以上、その決まり事は守る必要があった。
 律儀に守るディックに対して、シェリーはいつも、半ば小馬鹿にしたように、

「おまえはいい子だな」

 と見送るのだった。いい子、という言葉を聞いて、ディックは少し顔を曇らせる。

――いい子だったら、あんなことは起こらなかっただろ。シェリー。

 シェリーに、「いい子」と言われる度に、ディックはそう思うのだ。

 そうして、イェーガー夫妻の家へ向かって歩いていると、熊のように、ぬぅっとした大柄な男が歩いてきた。
 イェーガーだ。大柄な男にありがちな、あまり気が利かず、少し頑固者の嫌いがある。
 それでも、アーリットの常連客からの評判、そしてグラニットとの仲睦まじいやりとりから見ても、
 大らかで人付き合いの良い男だった。イェーガーは、背中に誰かを背負っていた。
 その背負う人物を気遣うように、ゆっくりと歩いている。

「おう、ディック。戻ったか」

 こちらに気付くと、低く濁ったダミ声で、イェーガーが声を掛けてきた。
 「おはようございます」と、小さな声で形式的な挨拶をして、ディックは軽く会釈をする。

「その子は?」

 彼が背負っていたのは、小柄な少年だった。酷く顔色が悪い。
 見た目で判断するのなら、年齢は十代に差し掛かって間もないと思える。
 背負っている、不釣り合いなライフルが、厳めしいのに対して、少年は必要以上に弱々しく見えた。
 顔色が悪い為だろうか。

「おう。こいつは、町の外れで倒れていたんだ。
ソルベの所へ連れて行ったんだが、腹空かせていたみたいでな」

 イェーガーは、馴染みの医者の名前を上げる。ソルベは、もう七十も間近な男だ。
 髭と揉み上げが一緒になり、顔中毛だらけの印象だった。見た目も中身も胡散臭い老人だったが、
 ギルクォード唯一の医者ということもあり、皆それなりに厄介になっている。
 とはいえ、ディックは未だ世話になったことはない。立ち寄る理由がないので、診療所に行ったことがないのだ。
 そして、ソルベも飲酒はしないのか、アーリットに来ることもない。

「空腹ですか」

 そう言われると、心なしかげっそりしているようにも見える。
 育ち盛りの年齢で、倒れるまで何も食べないというのも、また深い事情がありそうだ。
 とはいえ、深く突っ込む気にもならず……というよりも、興味もなく、ディックは「それで?」と、
 視線をイェーガーに戻す。

「うちで何か栄養の付く物を食わせようって思ってな。
勿論、町長のじいさんにも、ちゃんと話は付いているよ」

 ニコニコと人の良い笑みを浮かべるイェーガーに、「へえ」とディックは頷いた。
 彼はこのように、困った人間を見れば何も考えることなく、自然に手を伸ばすような男である。
 何かしてもらったのなら、それ以上の返礼をしようともする。よく言えばお人好し、悪く言えばお節介。
 または愚かな人間だった。
 もし、悪意のある人間と対面すれば、良いように利用されるだろうと想像出来る。
 けれども、イェーガーは自身のそうした性質について、よく知っているようだった。

「おまえも、朝飯はまだなんだろう?」
「これから、戻る所でした」

 頷くと、イェーガーは大きく頷き返してくる。

「それじゃ、家に戻ろう。グラニットが待ってる」



[ 12/115 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -