06
振り切った衝動に魔剣が離れないよう、握る右腕に精一杯の力を込めた。
腕が宙を舞い、その手に握られていた魔力の剣が霧散して、消えていく。
こちらに突き出された左の剣を掻い潜り、今度は左腕を根元から斬り上げる。
「おのれ……!」
男が口を大きく開けた。四本の鋭い牙が見える。これで、獲物の血と精力を吸い取っていたのだ。
こちらに食らいつこうとする様には、最早優美さの欠片も見られず、単なる獣のように思えた。
魔剣を振り上げ、ディックは向かってくる男に向けて、振り下ろした。額から縦に斬り付けた。
赤い鮮血を浴びながら、今度は斬り上げる。男が血反吐を吐きながら、歪んだ笑みを浮かべてくる。
「これで終わりだと、思わないことです」
その言葉に何も返さず、ディックが魔剣を男の胸部に突き刺した。
赤い魔剣は、吸血鬼の血と脂を纏い、滑りのある光を放つ。長い足を上げて、ディックは男を蹴り飛ばした。
その勢いで、突き刺さっていた魔剣が外れる。その魔剣に絡みついた血液を振り払い、ディックは男を見た。
視界の端に光が見える。目を向ければ、ちろちろと太陽の光が滲み出しているのが見えた。
男が顔を引き攣らせる。「太陽……っ」と呻いた男へ、その黄金の光が降り注いだ途端。
断末魔のような叫び声を上げながら、男は瞬く間に黒い塵へと姿を変えて、消えていった。
やがて、水色の魔力結晶がそこに落ちる。ディックはそれを、そっと拾い上げた。光を浴びて、
きらりと輝いている。魔力結晶に大きく傷が入っていた。魔剣で心臓を貫いた時に、少し削ってしまったらしい。
パンッと乾いた音を立てて、砕けてしまった。サラサラと、掌から零れ落ちていく粒子を見ながら、
――とにかく、宿に戻ろう。リアトリスが起きているかもしれない。
そう思った時。何処からか、鋭い発砲音がした。
違和感を覚えたディックが、手を伸ばして唇に触れる。その次には、嘔吐した時のような勢いで血を吐き出した。
噎せながら、その場に膝を着く。更に、発砲音が何度も響き、その度に切り裂かれるような、
鋭く焼けるような痛みが、身体を貫いていく。
崩れるようにして膝を着いたディックは、周囲を見渡した。魔物ハンターが何人もいた。
ライフルを構えて、こちらを睨みつけている。彼らの誰かが、発砲したことは見て取れた。
視線を下ろせば、水を吸った紙のように、腹部にじわじわと血が滲んでいる。
ディックは口元の血を腕で拭った。翡翠色の左目で、喚く魔物ハンター達を見る。そして、
「血石の槍」
飛来する銃弾に向けて、魔剣を振る。銃弾は放たれた赤い光に切り裂かれ、欠片となって地上に降り注いだ。
「魔法だ」
冷ややかな声が聞こえた。
明らかな殺意と敵意を向けてくる、魔物ハンター達を見たディックの中に、ふと黒い言葉が湧き上がる。
――殺さなければ。
シェリーの声が、耳に纏わり付いてくる。
「殺さなければ、おまえが死ぬんだ。迷うことはないだろう。皆、殺せばいい」
そうだ、と思い直す。シェリーもそう言っていた。その衝動的な感情は、魔物として当たり前のものなのだ、と。
ディックの翡翠色の瞳が、じわじわと赤く染まり始めた時。
「止めろ!」
怒号のような声が響き、何処からかリアトリスが飛び出してきた。
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