07


 約束の日没となった頃。リアトリスが広場へと戻ってきた。

「何か良い情報はあった?」

 既に待っていたディックがそう尋ねると、リアトリスは鼻の頭を掻く。

「どうかな。婆さんの遺体が多いってこととくらいだ。まだ、情報収集が必要なんだけど……」
「調べ足りないなら、別に付き合うよ」

 アストワースとても綺麗な町並みで、人々も朗らかそうではある。
 けれども、一度裏道に入ってしまえば、そこにはまた、違う世界が広がっていた。
 羽を毟った鶏の肉を、縄で吊るし上げて売っている老婆。酒樽を抱え、それを飲みながら、
 ほろ酔い気分で酒を売っている中年の男。木の実や花を籠一杯に入れながら、一生懸命に声を張り上げている少女。

 何処からか聞こえてくる、下品な笑い声と、火が付いたような赤ん坊の泣き声。
 人の嫉妬、絶望、欲望。そんな負の情念が渦巻いているような、薄暗い世界。

「ギャハハハハ!」

 と、突然近くで響いた、酷く耳障りな笑い声に、リアトリスが思わず顔を向ける。
 肥満体型の髭面の大男が、両側に着飾った女を連れて、我が物顔で道を歩いていた。
 ディックとリアトリスの二人は、俄かにざわめき始めた路地にいた。飲食店からは、
 絶えず陽気な話し声が響いている。しかし、その道には、あられもない格好で、
 如何わしい店舗へと客引きをする女も、あちこちに立っていた。スリットを入れて、
 惜しげもなく生足を露にする女や、透けた衣装を纏い、胸の谷間を強調させる女の格好に、
 リアトリスは顔の火照りと緊張を感じる。

「あ、あのさ。何もこんな所で聞き込まなくても……」
「こういう所にいる人が、情報を持っていることが多いんだよ」
「えー、そうかなあ」
「店を出している人なら、そこに出入りする人との話から、色んな情報を聞いているだろうし。
特に、酒の席とか……ああいう商売の人なら、尚更ね。こういう所は、あまり表向きのルールからは逸脱しているから、
そうした情報の規制も少ない」

 そう言って、路地を歩き始めたディックと逸れないように、リアトリスが足を速める。
 こんな所で逸れてしまった時を考えると、とてつもなく恐ろしい。
 じんわりと、手に変な汗が噴き出してきて、それをズボンの尻で拭く。

「お兄さぁん。ちょっと、休んでいかなぁい?」

 と、妙に甘ったるい声音で話しかけてくる女に、ディックが足を止めた。
 リアトリスが目を向ければ、女が数人固まっている。誰も彼もが、目のやり場に困る格好をしているもので、
 リアトリスはまた目を逸らした。見ているこちらが恥ずかしい。群れてきた女達は、
 作ったような猫撫で声で、ディックに話しかけている。それを上手くあしらいながら、ディックが尋ねていた。

「それより、ちょっと教えて欲しいんだけど、吸血鬼ってどの辺りでよく見掛けるかな」
「えぇ?」
「知っていることがあったら、何でも良いんだけど」
「そうねぇ……」

 女は、同僚と思える女達と話し合い、やがて手招きをしたのを見て、ディックが少し身を屈めた。
 すると、手袋を嵌めた手を口元に当てながら、ディックの耳元で囁いてきた。

「あたしは会ったことないけどぉ、最近はこの路地に、頻繁に現れてるみたいよぉ。
だから、魔物ハンターの人もぉ、この路地の巡回を始めてるんだってぇ」

 生暖かい吐息が耳に当たる。しかし、ディックは平然とした顔で新たに尋ねた。

「今まではしてなかったのか?」
「うん。正直な話、この辺は治安が悪いじゃなぁい? 魔物よりも、人同士の争いの方が、
頻繁にぃ、ボッパツしててぇ。そこを取り留めるのが自警団だったのよぉ。だから、この辺りは自警団のかん……
かん? ……えっとねぇ……範囲みたいな、なんて言葉だっけ」
「管轄のことかな」

 ディックが尋ねると、女は「そうそう」と頷いた。

「カンカツみたいな感じだったんだけどぉ、魔物が出てきて、自警団だけでは治安の維持が厳しいみたいなのよねぇ」




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