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「おまえは、優しいからな」
「……ごめん。でも俺は、シェリーのことを分かっているんだ」

 ぽつぽつと言葉を連ねるディックに、シェリーは「ああ」と頷いた。

「大丈夫だ。あたしも、おまえのことを分かっている」

 二人は、委細承知で一緒にいる。シェリーの言ったその言葉に、ディックは心から安堵した。
 シェリーの「大丈夫」という言葉を聞くと、酷い安心感に満たされる。彼女に愛想を尽かされる恐れも、
 見捨てられる心配もない。そういう不安を、彼女は全部取り払ってくれる。

「心配するな。あたしは、おまえと一緒にいる」

 赤い髪を撫でながら、シェリーが囁いてくる。
 その言葉は、どんなに美しい言葉よりも、スッと心の中一杯に、染み渡ってきた。
 ディックはシェリーから身体を離して、彼女の整った顔を、翡翠色の瞳でじっと見つめ返す。

「シェリー」

 名前を呼ぶと、シェリーは「うん?」と優しい声で聞いてくる。
 子供の言葉に耳を傾ける、母親のような顔だった。

「俺を残して、死なないでいてくれる?」
「このあたしが、そう簡単に死ぬものか」
「俺が死んでも、忘れないでいてくれる?」
「おまえを忘れるには、一緒に居過ぎたな」
「俺を残して、どこにも行かない?」
「あたしは、おまえの傍にいると言った筈だ」
「俺のこと、好きでいてくれる?」

 そう尋ねると、シェリーは小さく笑った。
 黒い手袋を嵌めた両手で、ディックの顔を優しく包み込んだ。

「おまえの全てを、あたしは愛そう。血潮のように赤い髪も、凍り付いたその瞳も、
心の奥底にある憎悪も……この、傷跡も」

 右目の包帯を、シェリーは愛おしむように撫でてくる。
 一瞬、ぎくりとしたが、ディックはすぐに平静を取り戻す。

「あたしは、全てを愛してやろう」

 冷たい手だった。人の暖かさよりも、ずっとずっと安心出来る冷たさだ。
 シェリーの冷たい手に、ディックは右手を重ねる。
 夜は只、静かだった。





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