06


 そして、太陽がほぼ真上にきた、お昼時。ようやく、ディック達はアストワースへとやってきた。
 いつものように、その出入り口で住民手帳を見せて、中に入る許可をもらう。事情を説明して、
 町に住まいを移す為の手続きを取るという、老人と子供に別れを告げて、ディック達は町の中へと足を進めた。

「町の人、呑気な感じだな」

 そう零すリアトリスの言葉に、ディックも町の様子を見渡した。
 売り子があちこちにおり、アストワース自体は賑わっている。特に気になるような空気ではない。
 魔物ハンターの支部が置かれている町だ。何があっても安心出来ると、高をくくっているのだろうか。

「とりあえず、アストワースに吸血鬼が出るんだ。その情報集めと行こうぜ」

 リアトリスの提案に、ディックは頷いた。

「どのくらい掛かるか分からねえけど、先に宿の予約もしといた方がいいな。
おいら、先に情報集めたいから、そこはあんたに任せてもいいかな?」
「分かった」
「じゃあ、陽が傾き始めたら、また此処に集合ってことで」

 小さな井戸のある広場だった。リアトリスが人通りの多そうな路地へと、足を踏み入れていく。
 それを見送って、ディックは逆方向へと歩き出した。多数点在していた中から、安そうな宿を見つけ、
 そこに二人分の名前を記入して部屋を予約する。食事は付いておらず、外で摂るか、
 持ち込んで調理してもらう仕組みだった。しかし、寝る場所が確保出来ればそれで良いだろう。

                     ◆

 リアトリスは、情報を集める為に動いていた。
 人々に聞き込みをするが、誰もその姿を目撃していないという。有益な情報がなかなか集まらず、
 溜息を吐きながら、とぼとぼと歩いていたリアトリスは、見知った姿を見つけて、思わず物陰に身を潜めた。

「ニルスだ……」

 聞き込みをしているのは、正式にハンターとして、活動していた頃の同僚だった。
 二人に気付かれないように、そっと物陰に身を潜めた。ニルスは軍人らしく鍛えられた体格で、
 背丈は随分引き離されてしまった。昔から、背の伸びが早い少年だったことを、リアトリスは思い出す。
 何故このアストワースにいるのか、考えてみる。憶測の域を出ないが、此処に異動になったのかもしれない。

 足音を立てないように、細心の注意を払いながら、少しずつ距離を縮めていく。
 なんとか、声が聞こえるくらいまで近付いた。少しの物音で掻き消えてしまうが、
 これ以上は気付かれてしまう。今は会えない。言葉の端々から、ニルスが先日この町に派遣され、
 仲間と共に、吸血鬼の調査に来ていることが分かった。

 何事も、入念な調査が必要だ。どんな吸血鬼が現れるのか。
 現れるのなら、どのくらいの頻度で現れるのか。その時間帯はどうか。どのような術を使うのか。
 そして――あの時の吸血鬼と、同一の存在なのか。

 しかし、少し厄介だった。
 今のリアトリスは、正式にハンターとして身を置いているわけではない。
 いざこざを起こすのは、面倒である。

――目立たねえように動けば、鉢合わせせずに済むかもしれねえ。

 今、ニルスと顔を合わせるのは、リアトリスは避けたかった。
 背負うライフルを見て、もう一度ニルス達に視線を向ける。二人は去ろうとしていた。
 どうやら、こちらに気付くことはなかったらしい。ほっとしたのと同時に、ほんの少しの息苦しさが胸の奥に残る。
 随分と、離れてしまったものだ。あの時、逃げ出してしまったことが、この距離を生んでしまった。
 惨殺されていく仲間達の中、どうしようもない恐怖が駆け巡って、気付けば走り出していた。
 戦う仲間と、たった一つの脅威に背を向けてしまったのだ。



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