05
ぐっすりと寝た筈のリアトリスが、大きく欠伸をした。目尻に浮かんだ涙を拭う。
それを見たディックと目が合うと、「悪ぃ」と謝ってきた。そして、また出てきそうな欠伸を噛み殺す。
その途端、耳を裂くような悲鳴が、二人に届いた。その鋭い悲鳴は、リアトリスの眠気を完全に吹き飛ばす。
ディックが辺りを見渡して、そして見つけた。
「あそこだ」
遠くて、リアトリスにはよく見えなかったが、大きな生物が立っているらしいのが見える。
魔物だと判断したリアトリスが、先に駆け出した。少し遅れて、その後ろをディックが走る。
近付いて行くと、一人の老人が腰を抜かしているのが見えた。魔物の出現や老人の悲鳴に驚いた馬が、
荷車を引きながら、暴れて駆け出していた。
「わああん!」
と、泣きながら荷車にしがみついているのは、幼い子供だった。
「くそっ、」
全力で走る馬の恐怖に怯える子供か、魔物に殺されそうな老人か。
リアトリスが一瞬悩む間にも、ディックが子供の方へと動いていた。それを見て、リアトリスはライフルを構え、
魔物へと狙いを定める。そして、今まさに老人に振り下ろされていた、その巨腕を打ち抜いた。
血の尾を引きながら、貫通した弾を見た魔物は、ゆっくりとリアトリスへ顔を向ける。
その間に、ディックは走り出していた馬に追いついていた。
手綱を引っ張る。嘶きを上げて、馬は尚も暴れていたが、強く睨みつければ、可哀想なくらいに震え上がり、
大人しくなった。ゆっくりと足を止める。ようやく止まった二頭の馬と、ディックの姿を見たその子供は、
「わあああん!」
と、何故だか再び泣き始める。その泣き声に困惑した顔で、ディックがその子供を宥める間にも、
リアトリスは魔物と戦っていた。ライフルの弾で、何度も魔物を撃ち抜いていく。
図体の大きな魔物は、その巨体を支える足を崩せば脆い。狙い通り、足を撃ち抜き、
転倒させることに成功したリアトリスは、その頭部に向けて、ライフルを撃ち込んでいく。
大抵の魔物は、魔将でも無ければ、頭か心臓が弱点だ。やがて、魔物の体は崩れ、
そこに灰色の魔力結晶だけが残った。それを拾い上げたリアトリスのもとへ、
馬と荷車を引いたディックが戻った。
「良かった、その子大丈夫だったんだな」
泣いて目が充血している子供は、怯えたようにリアトリスから目を逸らす。そこで、
「あのう、」
と、老人が声をかけてきた。落ちていた麦わら帽を拾い上げ、それを胸の前で握りながら、
何度も頭を下げた。荷車から降りた子供が、老人に駆け寄ってしがみつく。
「ありがとう御座えます。危ねえ所を、助けて頂いて……」
「いや、無事で良かった。それより、じいさん。怪我してねえか?」
「ええ。お陰さんで、本当助かりました」
しがみつく子供をあやしながら、白い髭面のその老人は、ようやく微笑んだ。
その微笑みに笑い返すリアトリスの隣で、ディックが口を開く。
「魔物ハンターの姿が見えませんが……まさか、二人だけですか?」
厳しい翡翠色の眼差しに、老人は縮こまるように頭を窄めた。
「おじいちゃん」と、子供が老人のシャツを引っ張る。
「……そうです」
ようやくそう返した老人に、リアトリスが尋ねた。
「なんでまた」
「魔物ハンターの方を雇えば、安全に違う町に行けるでしょうが……儂らに残ったのは、
この馬と荷車だけです。とてもじゃねえですが、雇える金なんてないんですよ」
「もしかして、魔物に……?」
気遣うような声音で尋ねたリアトリスに、老人は頷いた。
「昨晩、魔物が村にたくさん現れました。儂は孫を守ることに必死で、……只々、見つからねえように、
納屋に隠れておりました。夜が明けて、魔物の声が聞こえなくなってから、外に出てみたら……」
殆どの家屋が潰れ、村人は散り散りに逃げたのか、食われてしまったのか。
殆ど姿が無かったらしい。孫だというその子供の親も見当たらず、残っていた馬と荷車を引いて、
近隣にあるアストワースへ、向かおうとしていたという。
「ところで、」
と、老人が極めて明るい声音で話題を変える。
「あんた方、旅の方でしょう。アストワースまでで良ければ、お連れしますよ」
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