02
「別においら一人でも、大丈夫だと思うんだけど」
そう零したリアトリスは、後ろを歩くディックに目を向けた。古びたマントを纏い、
魔剣を携えたディックは、その視線に対して曖昧な笑みを、口元に浮かべて見せる。
「うん、俺もそう思う。でも、オボロさんとイェーガーさん夫妻に、あんな風に強くお願いされると……」
アストワースに向かうことを、昨日の夕食時に、リアトリスはイェーガー達に告げた。
曲がりなりにも魔物ハンターであり、幾度も死線をくぐり抜けてきたであろうリアトリスに、
要らぬ心配であった。しかし、イェーガーやグラニットは、「何かあってはいけない」と、ディックに同行を頼んできたのだ。
「一人よりも、二人いた方が、まだ安心出来るから」
本当に不安そうな顔で、そう懇願してくる夫妻と、
「君がいれば、ある程度はなんとかなるでしょ」
だから、ね? と、頼み込んでくるオボロを見ていると、無碍に断ることも憚られ、
ディックは共に、アストワースへ向かうこととなったのだ。リアトリスも十五歳とはいえ、
もう洗礼の日を終えた大人なのだから、放っておいても良いのではないか。
正直、ディックはそう思っていたが、それを告げることは出来なかった。
◆
ギルクォードから、北西に七十キロ程進めばアストワースへと辿り着ける。
道中の休憩をどうするか、そして現れた魔物との戦闘にも寄るが、順調に行けば二日程で着くだろう。
ディックもリアトリスも、魔物との戦闘には慣れている上に、こうして進みながら遭遇するのは、
大した力もない魔物ばかりであった。人間だと甘く見た魔物達は、二人の前で呆気なく消滅していく。
それにしても。と、リアトリスは鞘に仕舞われる、ディックの魔剣を見た。
――どうなってるんだ。
ディックはそれを、シェリーから受け取った剣だと言った。
魔物の剣、魔剣は人間には扱えない代物だ。しかし、その魔剣を扱うディックは、何の影響も受けていないようだった。
一度だけ剣について、リアトリスは聞いたことがある。剣の柄には、魔物の皮が巻かれているらしい。
刀身は元となった魔物の牙や爪を固めたもので出来ている。ディックが、初めてその魔剣を見た時は、
纏わりつくその寒々しいまでの魔力に、恐れを感じたという。
――そこまでの憎悪を纏った魔剣なんて、とてもじゃねえけど、普通は触れねえ。
魔物の部位を使って、人間の為に作った道具ですら、時間を掛けて触れるようにする。
そんな状態で、初めて道具へと作り変えることが出来るのだ。リアトリスは腕に巻き付けた、
白い布を無意識に触った。彼は討伐隊に所属していた為、どのようにして、道具が作られていたのか。
詳しいことは、殆ど知らない。只、道具を作り出す専門の部所があり、そこに運び込まれた魔物の部位が、
数日後には道具となって、魔物ハンター達に支給される。
もしも、そのような段取りを無くしてしまえば、まず触れた時点で、手が爛れてしまうだろう。
道具となった時点で、それでも恐れを感じる程の魔力を纏う武具など、手が爛れるだけでは済まない筈だ。
リアトリスは、ディックから視線を外した。
あまり見過ぎて、不審がられては困る。腰にぶら下げた鞄から、地図を取り出した。
オボロから貰ったものだ。町から出たことが無いというオボロが、地図を持っていることに関して、少し疑問に思ったが、
「前にダリオさんから貰ったんだ」
とのことだ。ひどく大雑把な地図であったが、押さえるべき所は抑えているので、迷うこともないだろう。
地図に目を落としたリアトリスは、指で現在地をなぞる。そこから、アストワースと記された町まで、
指でなぞっていく。道のりは、このまままっすぐ進んでいけば良いが、まだまだ距離があった。
「地図、分かるか?」
覗き込むディックを見上げて、リアトリスは鼻を鳴らす。そして、
「馬鹿にすんなよな。地図くらい、読めるっての」
「馬鹿にしたつもりはないけど、気に障ったなら謝るよ」
「おう。難しい文字もねえし、このくらいの地図ならワケねえよ」
リアトリスは誇らしく、そう締め括った。難しい文字は読めず、計算も殆ど出来ないが、
魔物ハンターに所属していた頃は、最低限の読み書きは教わった。依頼書であったり、
何かしら申請を出したりする際に、文字が書けなければならないからだ。
少しずつ空が闇に覆われた頃。ディックとリアトリスは、とある森に辿り着いた。
馬も何もないので、徒歩のみでここまでやってきた。歩き続けた事で生まれた疲労から、
リアトリスはとりあえず、手近な岩の上に腰を下ろす。もう陽が暮れる。
陽が沈んだ中を、動き回るのは危険極まりない行為だ。今日はこの辺りで、休むのが良いだろう。
[ 101/115 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]