03
社会的地位の高い者が受ける洗礼であれば、城に招かれる。
国王陛下、王妃、公爵などが長くてよく分からないことを、つらつらと話す。
その話が終われば、次は飲み食いしながら、明け方まで踊り明かすという。
城の防衛として、招かれた先輩ハンターや隊長から、リアトリスはそう聞いたことがあった。
その話を聞いた時、「なんだか堅苦しくて、面倒だな」と思ったことを、リアトリスは覚えている。
対してギルクォードでは、庶民が経営する酒場でどんちゃん騒ぎだ。
初めて飲む麦酒の苦さに顔を顰めたり、グラニットの提供する大衆料理に舌鼓を打ったり、
思い思いに過ごしている。町長も来ていたが、今は席を外していた。
「よう、リア」
ひょうきんな声で呼ばれ、リアトリスは肩を叩かれた。炭鉱夫の息子がいる。
普段、魔物退治なので町の外に行くことが多いリアトリスに、積極的に声を掛けてくる少年だった。
「おめでとさん」
「あんたもな」
差し出してくる木製のコップに、リアトリスは自分の持つコップをぶつけた。
少年が「ん?」と首をかしげて、コップを持つ方とは逆の手で指を差してくる。
「手ェ包帯してるけど、どうしたよ」
「ちょっとな。それより、あんた飲んでんのか」
早速、酒を飲んでいたのか、少年の顔はほんのりと赤い。
「今日から大人だからな。コレくらい、飲まねえと」
へらへらと、上機嫌に笑っている。酔っているらしい。
少年はリアトリスの持つコップに顔を近付けて、大きく笑った。
「一人で何飲んでんだと思ったら、おめぇ果実水かよ」
げらげらと品無く笑う少年に、リアトリスは少しむっとした様子だったが、
「おいらは、いつでも魔物と戦えるようにしているもんだから」
ぐっと堪えてそう返した。その言葉に、偽りはない。
魔物ハンターの本部にいた頃。上司は勿論、成人となっている少年達もまた、酒は一滴も飲まなかった。
それは、いつ魔物と戦闘になるか分からないからだ。酒の入った状態では、まともに戦うことなど出来やしない。
「それだよなあ」
いつの間にか、隣に腰を下ろした少年がコップを振る。
「俺ぁずっとギルクォードにいるし、これからもココから、ヨソに移るこたねえと思うのよ。
だから、これからも自警団の人とか……まあ、今はおめぇにディックさんもいるから、
大丈夫だと思うけどさ。俺ぁこれからも、魔物から逃げ隠れする日々だ」
赤ら顔で、少年はぐいっとコップの中身を飲み干した。
そんなに一気に飲んで、大丈夫なのかと、リアトリスは少し心配になる。
「正直、俺ぁ魔物は嫌いだし、怖いってのが正直な所。古い時計台に魔物が住み着いてるけど、
それだって、いなくなればいいって思ってる。ディックさんには悪いけどさ」
声を潜めて、少年は辺りを伺った。リアトリスも騒がしい店内を見渡すが、あの目立つ赤い髪は見当たらない。
家の方に引っ込んだか、時計台にでも行ったのだろう。彼は暇さえあれば、しょっちゅうあそこへ行く。
少年は空になったコップを振りながら続けた。
「まあ、何が言いたいかっつうとだな。おめぇはスゲェってことだ」
何が面白いのか、少年はまたげらげらと笑う。そして、背中を叩いてきた。
だいぶ、酔っ払っているらしい。空のコップを煽った少年は、中身が無いことを知ると大きな声を上げた。
「おばちゃん、もう一杯頂戴!」
「おい、もう止めとけよ」
そう宥めながら、リアトリスはふと思い返す。
――ギルクォードにはディックがいるけど、おいらも頼りにされてんだな。
瓶を持ってきたティナが、危なっかしい手付きで中身を注ぐ。
コップを手に取って、口に近付けた途端。少年は露骨に顔を顰めた。
「うへえ、水じゃんかよ」
「グラニット、おみず、あげる、いった、ですの」
そう答えるティナに、少年はへらへらした笑顔を向けた。
そして、右手で願うようなポーズを取る。
「おばちゃんには内緒でさ。もう、ほんの少しお恵みくだせぇよ」
そんな少年に、ティナは無邪気な笑顔で答えた。
「グラニット、やくそく、ティナ、まもる、ですの」
「そこをなんとか頼むよぉ、ティナちゃぁん」
そんなやり取りを聞きながら、リアトリスは果実水を口に含んだ。
そして、少年の言葉やこの町のことを考える。
シェリーがいる間は、この町に留まる。自分の所為で、ギルクォードの住人の命が奪われるのは、避けたい事態だ。
しかし、その後は? シェリーがいなくなったら。もしこの町からディックがいなくなるようなことがあれば?
その時自分はどうするのか。
リアトリスは、改めて自身の将来についてじっくりと、考え込んだ。
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