02
盛り上がった土の山に、トスカーナ山で摘んできた花を捧げ、リアトリスは黙祷した。
ギルクォードに来てから、月に一度は必ずル・コートに戻っている。少しずつ、荒れた畑や、
潰された家屋の柱などを片付けていた。村は少しずつ、綺麗になっている。
昨日の夜は、魔物に抉られていた地面を、辛うじて仕える農具を使って、埋め立てていた。
しかし、まだまだ魔物の爪痕は、痛々しく残っている。
今日は、ギルクォードに帰らなければならないので、村人の墓参りをしていたのだ。
トスカーナ山で花を摘んで捧げても、今も尚、土に染み込んだ魔物の毒素で、花はすぐに枯れていく。
十年経っていても、土に染み込んだ魔物の毒素は、消える兆しがない。目を開けたリアトリスの見ている前で、
桃色の花はゆっくりと茶色く変色し、カサカサに乾いて砕けていった。
その様がまるで、魔物の手に掛かって死んでいく人間の行く末の様に見えて、リアトリスは顔を顰めた。
土の下に埋まる村人は、もう骨も残っていない。それでも、あのまま野晒しにして、
風雨に晒されながら、虫や鳥に啄まれていくより、例えその後、時間も経たないうちに、
骨に変わり、何も残らなくなったとしても。土葬する方がマシだった。
肉体も魂も入っていない、空っぽの墓の前で、リアトリスは一人膝を着いていた。
此処には確かに、一緒に過ごした村人がいた。親のいない自分を、時に叱責しながらも、
優しく見守ってくれていた、老夫婦。一緒に遊んでくれていた兄貴分。そして、友人達。
全員、魔物に殺されてしまった。
――おいらはいつも、一人だけ生き残っちまう。
魔物ハンターに所属していた時のことも、思い返した。
あの時も、たった一匹の魔物に隊が全滅させられた。自分の目の前で死んでいく仲間は、
もう見たくなかったのに、誰一人助けることも、守ることも出来なかったのだ。
それどころか……
「あのな」
誰も眠っていないと知りながらも、それでもリアトリスは口を開いた。
「おいら、今年の水無月……水無月の百合の日で、おいら十六になるよ」
と、リアトリスは誰もいない墓に語りかける。
「あれから、もう十年経つけど。おいらは一度だって、あの日のことを忘れたことはねえんだ」
その記憶は酷く強烈で残酷なものだ。
魔物ハンターに引き取られ、その本部で育っても、うなされることの多い日々だった。
今でも、時々夢に見る。その苦痛は、きっとこれからも続くだろう。
それでも、リアトリスは強く生きていくことを誓う。生かされた者として、生き残った者として、
目の前で散ってしまった命の重さを、ずっと背負って生きていく。自分を守って、庇って、
消えてしまった者の顔も名前も、ずっと背負っていく。背負いながら、生きていく覚悟はとうの昔に決めている。
誰一人捨て置くことなく、全て背負い、その重みと痛みに耐え続ける覚悟だ。
リアトリスは右手を伸ばして、墓土に触れた。火に当たったような、チリチリとした傷みが掌に伝わってきた。
手を離す。掌を見れば、赤く火傷の様な痕が付いている。
彼らはどれだけ怖くて、どれだけの痛みを受けただろうか。
吹き付けた風が、土の上に横たわっていた、枯れて乾いた草花を運んで行った。
その行方を目で追いかけながら、リアトリスは改めて誓いを立てる。
「おいらは、おいらの前で死んでしまった皆の命を背負って、生きていくから」
そして、一人で小さく苦笑した。鼻の頭を掻く。
「おいらいつも、こんなことばっか言ってんな……どうにも、おいらは此処に来ると、後ろ暗くなっちまう」
小さく息を啜った。
「おいら、今日の洗礼の日で、大人になるよ」
大人になれなかった友人達に向けて、リアトリスは告げる。
まっすぐ、空色の瞳で盛り上がった土を見た。
「また、来るから」
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