08


 セオドアがエドワードに渡したのは、ラピスラズリ色の結晶だった。
 書斎の椅子に腰を掛け、夕食後のコーヒーを嗜んでいたエドワードは、テーブルに置かれた、その結晶を一瞥する。
 そして、ふっと息を吐いた。その脇に、盆を抱えて控えているのは、アリスである。

「……情けない奴だな」

 セオドアから一通りの報告を受け、エドワードが零したのは、酷く短い言葉だった。
 エドワードの言葉に、セオドアは大きく頷いた。

「ほんに、おっしゃる通りですのう。混血ハーフブラッドの前に、
人間の小僧っ子にさえ痛手を負う始末。ほんに、お恥ずかしい限り」

 両手を組み、肘掛に両肘を置いて、エドワードは椅子の背もたれに、ずっしりと体重を掛けて座る。
 結晶にはもう目も呉れない。

「この人間の小僧っ子は元々魔物ハンターだったらしく、今でも自己流で魔物を退治しております。
しかし、魔物ハンターであった為か、人間である為か。シェリー殿を恐れ、彼女と距離を置いている様子……」
「知りたいのは、混血ハーフブラッドとシェリーだけだ。他は、どうでもいい」

 エドワードとアリスは、酷く冷たい視線をセオドアに向けていた。それでも、セオドアは臆さない。
 ニコニコとした、気の良い笑みを浮かべたままだ。両手で杖の柄を掴み、直立不動で彼らの前に立っている。

「死んだ奴に用はないし、弱い奴にも、使えない奴にも興味はない」

 切り捨てるように言ったエドワードに、セオドアは小さな笑い声を漏らした。

「左様で御座いましたな」
「それよりも、その混血ハーフブラッドだ」

 死んだアルファドスをそれ呼ばわりし、エドワードは混血ハーフブラッドへと話題を変える。
 それでも、セオドアの表情は、心優しい爺やのように、僅かにも変わらない。
 最後に深く腰を折り曲げて、セオドアはゆっくりと部屋から出て行った。

 エドワードは背もたれに背中を付けたまま、手を伸ばして、おもむろに魔力結晶を掴む。
 灯りに掲げると、小さく輝いた。

「おまえは、もっと利用価値があると思っていたんだがな」

 侮蔑するように、エドワードは小さく呟いた。その失望した表情から一転。
 エドワードは妙に明るい笑みを浮かべて、傍に控えていたアリスを見た。彼女に、ラピスラズリ色の魔力結晶を手渡す。
 差し出したその結晶を見て、アリスはゆっくり瞬きした。紅色の瞳で、こちらを見つめてくる。

「アリス、おまえにやる」
「ありがとう御座います、ご主人様」

 ゆっくりと腰を折ると、二つに結った銀色の髪がぱさりと垂れた。アリスは、同じ速度でゆっくりと体制を戻す。
 そして、そっとラピスラズリ色の魔力結晶を両手で受け取った。

「そろそろ、必要だっただろう?」
「お心遣い、ありがとう御座います」

 抑揚の無い声音で、淡々と紡がれるその言葉に、エドワードは小さな笑みを浮かべる。
 ゆっくりと手を伸ばすと、アリスの小さな頭を掴んだ。それでも、アリスの表情は一切変わらない。

「クロードもおまえも、失望させるようなことは何もしない。ずっとそのまま、忠義を誓っていてくれ」
「ご主人様は、おかしなことをおっしゃいます。私は、その為にお傍におります」
「ああ、そうだな」

 エドワードはゆっくりと、アリスから手を離した。

「それでは、失礼致します」

 もう一度腰を折って、アリスは部屋から出て行った。扉が閉まるのを見て、エドワードは再び椅子にもたれ掛かる。
 目を閉じると、浮かんでくるのはシェリーの姿だ。何よりも強く、誰よりも美しく、何者も寄せ付けようとしない、
 冷たい雰囲気の女だった。強く孤高な彼女の傍にいるのは、自分を置いて他にはいないと思っていた。

 しかし――

混血ハーフブラッド……」

 その存在が、エドワードには疎ましくて、仕方が無かった。



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