月のおと | ナノ







月 の 音






(1)


彼女と自分は、似ている。

多分、今まで出会ってきた人間の中では誰よりも――




微かに聞こえてくるバイオリンの調べに、カオルはそっと目を開けた。

白い月以外は何の光源もない真っ暗闇だが、それでも慣れてしまえばそれなりに夜目は利く。
メラニン保有量の問題故に、どうしても淡い色合いの瞳を持つ人間には叶わないが、その分カオルは、人、物、自然が発する気配を読み取り、動くことが出来た。


空気の流れ。
衣擦れの音。
日の出ている内に把握した室内の様子。


いざとなればすぐにでも対処できるように、少なくとも誰かが外にいる内のカオルは常に気を張っていた。

獰猛な獣はたいていが夜行性だ。
肉食の鳥が生息していない可能性も否定しきれない。


カオルは自分のベッドに伏したまま、しばらく聞こえてくる音に耳を傾けた。


美しくも、どこか悲しい調べ。

それを作り出す彼女は――やはりどこか自分に、似ている。


他人が聞けば、何を馬鹿なと笑うだろう。

成績はともかく、彼女は模範生だが自分は問題児。
少なくとも彼女は誰かに話しかけられても相手を無視したりはしないし、必要とあらば積極的に他人とも関われる。

ただ、物の捉え方、考え方、心のありようを突き詰めていけば、自分と彼女は恐らく同じ物にたどり着くのだと思う。


お互い、人の裏側を嫌というほど見ざるを得ない家系の生まれだ。
穏やかな笑みを描いた仮面の裏に凶器を忍ばせ、いざとなれば牙をたてることもいとわない、魑魅魍魎のような輩が跋扈している世界をよく知っている。
そんな場所で、たった一人の当主の子供として君臨するために、時として彼らと同じように振る舞わなければならないこともままあった。


だから、心は簡単に許してはならない。
一歩離れたとことから、冷静に、状況を見つめなければならない。


それは、あそこで生きていくために必要な知恵だ。
両親が鉄壁の護りを強いて、のうのうとぼんくら出来るハワードの方が異質なのである。

現にベルを含めた彼の取り巻きたちはそれを本能的にもよく承知していて、巨大な傘の下からあぶれまいと必死だった。
滑稽なまでに。
……まあそういう意地汚さは、嫌いではないが。


――七人と一匹の中で、自分たち二人は“異端”だった。

両親の保護の元、大切に慈しまれ育ったハワード、シャアラ、シンゴ。

人に汚い部分があることを認めた上で、それとは別に清らかさを信じられる強さを持ったベル。

人を傷つけることが出来ないようプログラムされているはずのチャコは、究極的にいえば最も人を信じているのかもしれない。


そして、ルナ。


何をどうすればあそこまで自分と正反対の人間が出来るのだろうか。
とにかくどっぷりと頭の先からつま先まで他人への好意に浸かったお人好し。

どんな苦労知らずだと思っていたせいか、甘い境遇からはほど遠い人生をたどってきたのだと知ったときは少なからず驚いた。
鈍感な質ではないようだから、おそらくは彼女もベルと同じように信じる強さを持った人間なのだろう。
不思議な奴だ。


そこまで考えて、カオルはハッと薄く閉じていた目を開けた。
壁を隔てた向こう側で、人が動く気配がした。

「……」

シャアラではない。
ただでさえ体力のない彼女にこんな時間に起きてこられるだけの与力があるとは思えない。

湖畔にいるメノリは論外として、残るは……。


脳裏に、遠くからメノリを見つめる彼女の瞳が蘇る。

カオルは少し考えて、そっと身を起こした。
ちょうど、喉が渇いていた。




(2)


「……どうかしたの?」

後ろからやって来たカオルに特に驚いた様子もなく、ルナは振り返った。

「…………」

無言のまま、ペットボトルの蓋を開ける。


最近のルナがメノリを気にし、思案しているのは気づいていた。

だがまだ、“時期”ではない。
今まで当然のように人の上に立っていた彼女の突然の転落は、彼女自身がまず折り合いを付けなければ、どんな言葉をかけられても反発してしまうだけだ。

メノリを蹴落とす形で新しくリーダーになったルナのそれは特に。
だから、今は何も言うべきではない。

必要ならば、そう伝えるべきかとも思ったが……先ほどのルナの様子を見るに、余計な心配だったようだ。


カオルは特に残念にも嬉しくも思わず、無感動のまま、乾いた喉を潤した。
けれど――

「……なんだ」

横からの食い入るような視線に耐えきれず、そっと口開く。
ただし目線は、決してルナには合わせない。


ルナはあわてて首を振った。

「あ、ううん。何でもないんだけど……ほら、カオルってやっぱり男の子なんだなぁって」
「は?」

眉を寄せる。

ルナは自分で言ったことがおかしくなったのか、ふふ、と微笑んだ。

「ううん、やっぱり何でもないわ」
「…………」

言うと同時に、カオルから身体を半分そらし、目線をメノリへ移す。


バイオリンの音は、いよいよ高く震えだした。


「綺麗で、少しだけ悲しい。そう思わない?」


――それは、メノリの心だ。


カオルはそれを知っていたが、口には出さなかった。

最も自分に近いメノリだが、決定的に違う部分はやっぱりあって。
その一つが、彼女が本来持つ心の綺麗さなのだと思う。

恐らく、メノリの産まれ持った気質は、限りなく白に近い。
今の彼女が持つ人への警戒は、後天的にすり込まれたものなのだろう。

その証拠が、彼女のバイオリン。
黒く染められた表地が、バイオリンを手にすることによって一気に裏返り、本来の色に戻る。
ここで時を過ごすほど、顕著に、見事なまでに。


――メノリは、変わる。


変革の時期が来ていることは、目に見えてわかる。
元々の色合いを持ってすれば、きっかけ一つで呆気ないほど立ち直る。

彼女はベルやルナと同じ、信じる強さを手に入れる。
カオルに近い人間は、いなくなる。

それでもカオルの胸は、確かな安堵を感じていた。


(これで、いい)


彼女のためにも、自分のためにも。

自分は、ひとりきりでいい。
仲間なんて、ないほうがいい。

……協力くらいは、するつもりだけれど。


もうここにいる必要はない。
カオルはふっとルナに背を向けて、部屋に戻った。

メノリを変える後押しとなるであろう人物の視線を、感じながら。







あとがき


カオルナ補強のために書いたのに、何故かカオ→メノちっくに……。
お……おかしいな……。

正反対なようで似ているカオルナが好きなんだと主張したかったのに、そこまでいかなかった……。








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