福音 side L | ナノ







福 音
 side L







(1)


「……う、そ」
「嘘なんてついてどうするのよ」

ジェシカが、そのすらりとした長い足を組む。
私はそれを見てから、確かにその通りだと広げた目を閉じた。
それでも今一つ実感がわかない。

「もう二ヶ月ってところね。確かにいるわよ、その腹ん中」

椅子に深くもたれかかる。
驚きしか出てこない。

今日は、年に一度の健康診断の日だった。
昔から健康には自信のあった私だから、特に何の心配もなくシャトルに乗って、いつも通り、自宅を出て。

けれどすぐに終わるはずだったそれは、未だ幕を閉じない。
コンピューターが私の全身をスキャンし、異常を報せる光が確かにお腹の辺りに点滅したのだ。
原因は何かとモニターを見れば、一目瞭然。

“conception”

固まった私を引っ張り出すようにしてその場から離れ、ジェシカが入念な検査を始めたのが、つい一時間ほど前のことだ。
示された結果を、それでも私は信じられないという心持ちで聞いていた。
頭に浮かぶのは、“何故”、そればかり。

私はポツンと呟いた。

「避妊……してたのに」
「たまにあるのよ、不良品が。生理なかったでしょ?」
「……まあ」
「そういうこと。避妊してようがしてなかろうが、あんたが妊娠してるのは事実よ」

そうか、そうなんだ……。
ようやく理解する。

「じゃあ、来週の視察は……?」

その理解した頭で真っ先に思ったのが、それだった。
半年ほど前に新たに発見された、星の探索。
以前から申請していたのがこの度見事通り、私は一月だけ向こうの開拓メンバーに加えてもらうことになっていた。
もちろん、肉体労働になる。
地球での作業はほとんど機械任せだけど、向こうにはその機械が無いのだから。

ジェシカははぁ、と深くため息した。

「まずそこなの? あんたらしいけど、違うでしょ。だってあんた――」

そのまま、私の左手を見つめる。

「まだ結婚もしてないじゃない――」

そこに、妊婦にあるべき指輪の輝きは、なかった。






(2)


「あ゛ぁー? にーんーしーんー?」
「……そうみたい」

私は自分の研究室 (ラボ) に戻って、椅子に身体を投げ降ろした。
けれどお腹の中の存在を思い出して、しまったと手を当てる。

この衝撃が中に伝わって、悪くしてしまったらどうしよう……。

そう思ってしばらく様子を見たが、別に何の痛みもない。
ほっと安心して、肩から力を抜く。
チャコは、じとぉー、とした目で私を見上げた。

「……あんたら、まさかナマでやってたんか?」
「生々しい言い方しないで! ちゃんと避妊はしてたわよ!」
「はぁー。じゃあ、不良品をつかまされた訳や。そこの会社にクレームいれたり」
「…………」

ほんとに、下手な人間よりそれらしい。

私はほとんど呆れながらも冷蔵庫からペットボトルの炭酸オレンジジュースを取りだし、蓋を回した。
プシュ、と小気味のいい音がする。
けれど口に持っていったところで、チャコに足を蹴られた。

「アホ。妊婦がンなもん飲むなや」
「あ、そっか」
「麦茶なかったか? とりあえずそれはうちによこし」
「ん……」

そっと手渡す。
チャコはそれを、ぐいっと口内に流し込んだ。
ぷはぁ、とジュースを飲み終えた後の所作も妙に人間くさい。
いつものことなので、もう驚いたりなどはしないが。

「で、いつにすんねん」
「何を?」

質問に質問で返した私に、チャコは大げさに眉を寄せた。

「何をて、決まってるやん。籍はいついれんねん」

冷蔵庫の奥から麦茶を引っ張り出す。
ようやく私は飲み物にありつけた。
それから、チャコの言い出したその意味を考える。

「……籍ねぇ」
「シャアラとベルはもうとっくに先に進んでもうてんで。いずれはそうなってたやろうし、むしろええきっかけちゃうの」

――あんたらはほんまマイペースやからなぁ。

チャコがそう言うのを聞いて、私はそれとわからないように小さくうつむいた。
その目線の先には、まだ目にも見えぬ我が子。

「まぁ、順番は逆になったし、職場のみんなにも迷惑かけるやろうし、決して良いことばっかりやとは言わん。せやけど、めでたいんは事実や。避妊してても出来たんやから、その腹ン中の子はよっぽど産まれたかったんやろな」
「……うん」

チャコの言葉に、顔がゆるむ。

そうだ。
確かにいるのだ。
今になって、じわじわと実感する。
その存在。

私と彼の、血を分けた、家族……。

ようやく、私は手に入れたのだ。
一度は失った、それを。

チャコもふっと微笑んだ。

「そうと決まれば、その父親に連絡入れなあかんな」
「……うん」






(3)


しかし連絡しようにも、既に開拓船のパイロットして働き始めた彼の居場所は、どことも知れぬ人類未開の宇宙領域。
通信可能域にいることすら、めずらしい。
だからこちらからは一方的なメッセージしか送れない。

「カオル。久しぶり」

私は、真っ暗な画面に向かって話し始めた。

――滅多に会えない。

だから、籍を入れるのは当分先だと思っていた。
確かにいつかは、一緒になっていたと思う。
けれど、会えるだけで満足しているのが今の状態だから、やっぱりそれは先の話。

(結びつけてくれたのは、あなたね……)

下腹部に手を置いて、微笑む。

感謝しよう。
みんなとはまた違う、家族という存在になってくれたあなたに。

精一杯、愛そう。
無数の未来が広がる、その存在。

まだ顔も見ていないのに、もう愛しい。
……ありがとう。

「ええと……何て言えばいいのかは分からないけれど……。単刀直入に言います――」

それは福音。
幸せの、便り。














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