恋しちゃってます | ナノ






しちゃってます!






憧れの人がいる。


まっすぐ前を見据えた瞳。
はつらつとした笑顔。

努力家で、勉強も出来るし、運動神経もいい。
おまけにちょっとした有名人だったりする。
とにかく隙がない訳だ、うん。


その人と俺はたまたま学部が一緒で、たまたま同じ教授の研究チームに入っていて、たまたまそこの人数があまり多くなかったものだから、親しくなれた。

年はあちらが二つほど上。
だから今は二十一歳。

エネルギッシュな美人だし、スタイルもいい。


……うん、まあ、とにかくなんだ。

誰から見てもイイ女が側にいて、心惹かれぬ野郎はいない。

つまりそういうこと。


アラン・ド・リドゥネス、ただいま恋しちゃってます!






(1)


先輩と俺は、決して自惚れではなく、それなりに親しい。

先輩と二人きりで飯を食ったことがある野郎は、数多い学内の男生徒の中でも俺くらいなものじゃないだろうか。
例えそれが、学生食堂と名のつく中であったとしても。


あの時の他の野郎共の視線は、なかなかにチクチクした。
なんてったって何度も言うとおり、先輩は美人だ。
芸能人かって、思うくらい。


そこに優越感を感じたのも事実だし、俺もこの浅黒い肌がエキゾチックで素敵、なんて言われるタイプだから、二人で並ぶとそれなりに絵になるとも思うんだよね。
実際何人かの奴には付き合ってるのか? とか聞かれたこともあるし。

だから、もう一押しか二押しくらいすれば、まあイケるかなと。
本気で、そう思っていた訳よ。


なのに、さ。


今さら出てくるって……

卑怯じゃない?






(2)


「あ、アラン!」


街角で声をかけられた。
鈴を転がしたような、まあ綺麗な声だ。

ちなみに俺は声をかけられるずっと前から、その存在に気づいていた。
なのに俺からその人に声をかけなかったのには、もちろん理由がある。


「奇遇ね、こんなところで」


こんなところで、とは、つまり大学近くのモール街のことだ。

それなりに人が行き交い、その内の六割くらいはカップルという、独り身には目の毒でしかないエリア。


俺はバイト帰りだった。
時刻はそろそろお空の境目に夕日が落ちようかという頃。


目の前には、例の先輩。
……と、隣に並ぶ、男――


「……そうですね」


その男は、長身の部類に入る俺よりも更に目線が高い。
すっきりと整えられた短髪は、墨で塗りつぶしたのかってくらい黒い。

目つきは釣り気味で、人相は悪い部類に入るだろう。
それでも、まあそいつの外見をただ端的に、一言で表すならばこれだ――男前。
イケメンと言うには頑張っている感じがなく、美形と言うにはそこまで線は細くない。


さっきすれ違い様に振り返った女子高生の集団はそいつを見て、黄色い声あげていた。
そんだけかっこいい。
つーか足ながっ。


「…………」


――休日に、隣り合って歩く、美男美女。


俺は即座にわき上がったその意味を意識的に砕いた。
隣の男を凝視する俺に気づいたらしい先輩は、にこりと見慣れた微笑みを落とす。


「あ、紹介するわね?」


――いえ、結構です。


なんて、声に出して言えるわけ無いけど。


「彼はカオル。年は私と同じなんだけど、もう社会人なの」


――はあ、そうですか。


思ってもやっぱり言えない、ガラスの十代な俺。


「カオル、彼はアラン。私と同じ研究チームの後輩よ」


先輩が隣の男を見上げながら、俺を紹介する。
初めて、男の眉がほんの少しだけ動いた。


「……初めまして」


そう言いつつも、決して右手は差し出さない。
無表情のまま、愛想笑いも浮かべない。


「……ハジメマシテ」


その態度ではとてもとても、友好的な関係は結べそうにはなかった。
……結ぶつもりもないけど。






(3)


俺は脱色して、銀色に染めた髪をかいた。

奇抜な色が飛び交う街で、ずっしりと重しを落とすような黒髪は、それはそれで目を引く。

奇抜と言えば先輩もそうだけど、あの人はあれが地毛だ。
この夕焼けに、まるで溶けるようなオレンジ色。

今までも宝石かなにかに見えていたんだけど、今日でそれは間違いないと確信した。


去り際に見えた先輩の笑顔を思い出す。
あれは俺がよく知る、人を癒すようないつもの笑顔ではない。


穏やかで、柔らか。
誰かを元気づける為のものではなく、ただ自分の幸せだという気持ちが思わずあふれ出たような――そんな笑顔だ。


俺はため息をついた。

相手が男前だからとか、経済力でもかないっこなさそうだからとか。
そんな理由じゃない。


ただ、あの笑顔を見てしまったから――


振り向かなきゃ良かったなって、思う。
二人と別れた時、そのまま――背中を向けたまま――家に帰れば良かった。

そうしたら、それを見てしまうこともなかった。
こんな気分になることも、なかっただろうに。


心臓が、締め付けられるように痛い。

しょうがないよ。
だって俺、先輩に恋しちゃってるんだもん。






(4)


それからどうなったか、って?
別に、どうもならないよ。

相変わらず俺は先輩の後輩で、先輩は俺の先輩。
同じ学部で、同じ教授の下で、研究を続けて……。


先輩は学会に論文を発表し、高い評価を獲得した。

このまま研究者として大学院に進み、ゆくゆくは教授に、というお誘いもあったみたいだけど……。

結局先輩は卒業と同時に月へと引っ越して行った。
一惑星開拓技師として、地球で働くためだ。

大学卒業と同時に地球勤務の認可が下りるだなんて、前代未聞のことらしい。
それだけ先輩の論文がすばらしいものだった、ってことだろう。


先輩と俺は、先輩が大学を卒業してから二年が経ってた今でも、度々連絡を交わしている。
惑星開拓技士を目指す身として、やっぱり地球行きは心引かれるものがあるから。

その我らが母星で働く、これまた先輩としてアドバイスをいただいたり、愚痴を聞いてもらったりしているわけだ。

今度の研修でも、地球――それも先輩が勤めるヨーロッパ支部にお世話になる予定。


二年前に砕けたはずの恋心が、まだ俺の中に残っているのかどうかは、俺自身にもわからない。
そこまでドキドキしたりはしない気もするし、そうでない気もする。


ただ一つ言えるのは、超遠距離恋愛でありながらも未だ先輩と続いているらしい例の男とは、例え今会ったって、やっぱり仲良くはなれそうにないってこと。

これから先輩以上に好きだと思える人が現れたって、それだけは変わらないだろう。
絶対に、だ。















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