その日僕は砂を吐いた | ナノ







その日僕はを吐いた

蒼き狼相互記念小説







二人は、いつもそうだった。
“それ”が決まってからも、何一つ変わらなかった。

悲しむことも、怒ることもない。
不安すら、見えなかった。


だからずっと、不思議に思っていた。








それは、放課後。
年に一度設けられる、一ヶ月の清掃期間に起きた出来事だ。


僕が今週あてはめられた清掃担当場所は教室。
これがせめて校舎裏とか、体育館とか、そういうところならこの事実を知ることもなかったろう。


僕は最初、掃除なんて面倒くさいし、サボってさっさと帰ろうとした。
そんなの、そこいらのロボットにでもやらせておけばいいだろ。

生徒の自主性を養うとか何とか訳のわからないことを言って、一ヶ月も学校の清掃を申し付けるとか、意味がわかんねー。

そんなもので自主性が育つほど、人間って単純じゃないと思うんだけど。


だけど僕は今、しおらしくも机に雑巾をかけている。
何故か。

その答えは至ってシンプルで、帰ろうとした僕の襟首をルナがつかんだからだ。


教師の奴ら、僕がメノリやルナに弱いことをすっかり承知してやがる。

こういう面倒くさいことがあると、必ずどちらかと班が同じになるのだ。

いつもはたいていそれがメノリなんだけど、今回はルナだった。


他の同級生と混じり、雑巾がけをする僕。
ああやだやだ。
庶民くさい。


僕は舌打ちして雑巾を新たに机の上にのせた。
そのまま丁寧に磨いてゆく。

さっき少し手を抜いたらルナに目ざとく見抜かれ、やり直しさせられたのだ。
どうせなら二度手間にならぬ方がいい。


僕はこのイライラをぶつけるが如く、雑巾がけに力を込めた。
でもそんなので全てを吹き飛ばせるほど、この鬱憤は浅くない。


――何か、この憂さを晴らすいい趣向はないものか……。


そう考え始めたのがそもそもの始まりだった。


僕はすぐに思い付いた。

今磨いている机が終われば、次はルナの席だ。
そしたら、何気なく鞄の中でも覗いて……。


漫画とかを見つけたら、教師にチクればいい。
この前のテストの答案用紙だって望むところ。
授業中に書いた落書きとかでも掲示板にさらすとかあるな。


とにかく、何かルナが嫌がるものを見つけられればそれでいい。
ちょっとしたイタズラ心ってやつだ。


考えはじめたらとたんに面白くなって、僕は早速実行に移した。

幸いルナの席は壁際だ。
誰も見てないことを確認し、手始めに机の中を探る。

そして僕は、いきなりの当たりを引いてしまった訳だ。


“Diary”


茶色いカバーに、金色の文字。
紙に書くタイプの、分厚いそれはまぎれもなくルナの日記だった。


僕はしめしめと、唇がつり上がるのを我慢出来なかった。

僕は日記なんて書いたことはもちろん無い。

だけど、それは他人に読まれるにはひどく恥ずかしいものだということは知っている。

今回の目的からすれば、日記はまさに絶好のお宝ではないか。

電子手帳じゃないのだから、パスワードもかけようがない。


僕は迷わず表紙をめくった。


大きく丸っとした、間違いなくルナの字が白紙のページを埋めている。

僕は夢中でそれを読み進め始めた。









○月×日 ルナ

ええと、とりあえず提案に乗ってくれてありがとう。
言い出しっぺなのに、なにを書けばいいのかすごく悩んでます。
とりあえず、今日あったことでいいよね?

今日はチャコと一緒に買い物に行きました。
近くのスーパーで、セールをやってたの。
みんな安くて、あれもこれもと思ってたらいつもの倍近くお金がかかっちゃった。

帰り道でも荷物がすごく重くて、やっぱり私ってまだまだだなって実感しました。
チャコはいい教訓だって言って、少しも手伝ってくれないし。
買い物はもっと計画性を持って行くべきね。

では、明日会えるのを楽しみに待ってます。
お休みなさい。









……なんだ、これ。

僕は眉を寄せた。
日記って、こんなもんなんだろうか。

まるで誰かに語りかけているみたいじゃないか。

…………。

僕は嫌な予感にさいなまれつつ、恐る恐るページをめくった。









○月△日 カオル

その光景は目に浮かぶ様だな。
まあ今度からは気をつけろ。

とりあえず、今日は語るほどの物は何も無かった。
以上だ。









……うおおぉぉい。

僕の頬がピクピクと痙攣する。
この、余計なものが一切ない、素っ気ないほどに読みやすい字は……。


まさかだ。
まさかすぎる。

やっぱりこれって、いわゆるあれか? あれなのか?


僕は次のページに視線を動かした。









○月□日 ルナ

語るほどの物は何も無かったって、思わず笑っちゃったわ。
それじゃあ日記にならないじゃない。
まあ、カオルらしいけど。

えー、今日は晩御飯を自分たちの手で作りました。
一昨日の買い物の影響で、ちょっと豪華にハンバーグです。
玉ねぎのみじん切りはキツかったけれど、肉汁たっぷりの、おいしいハンバーグが出来ました。
チャコもお墨付きです。

今度家に来る時に作るから、楽しみに待っててね。









…………。


ページをめくる。









○月○日 カオル
すまない。
しかしこの手のものはどうも苦手だ。
許してほしい。

ハンバーグ、楽しみにしている。








僕はここに来て日記張を閉じた。
耐えられなくなった。

茶色く落ち着いた色調のカバーが、ひどく不釣り合いだ。
何だ、この一文字一文字から漂うピンクな雰囲気は。

間違いない。
これはあれだ。
いわゆる交換日記ってやつだ。


僕は深く落ち込んだ。


甘い。
甘すぎる。
あの時積もった雪すら溶ける勢いだ。


何なの、あいつら。
何よ、交換日記って。
もう十五歳だよね? 僕と同い年だよね?


僕は嘆息した。
同時に全身から力が抜ける。

認めたくはないが、二人は僕よりずっと成長してるっていうか、人生を達観出来る人間だ。
多分大人と比べたって遜色ない。

しかし、僕は今その認識を改めよう。

この二人が大人?
んな訳ない!!


「ハワード、どうかしたの?」

ルナの声が後ろから聞こえて、僕は振り返った。
箒を手に持ち、首をちょこんと傾げている。
あの日記を書いた張本人が目の前にいるんだと思うと、何故だが僕が、すっっっごく恥ずかしい。
ルナは何も知らず、いつもと同じだから余計に。


「……なんでも」


――そう、いつもと、同じ。


僕はここに来て、唐突に理解した。
それは僕がずっとどこかで感じていた疑問や不安の、答えでもあった。









窓から空を見上げれば、それは清々しいほどに青い。

そう。
もう、初夏なのだ。
後数週間もすれば、卒業式が来て、夏休みに入る。


普段なら、それは望むところなお話。
一月以上もわずらわしい勉強から解放されるのだ。
夏休みが嫌いな人間なんて、僕は聞いたことがない。


けれど、今年は……


今年は、それが終われば、カオルはここから遠いところへ旅立ってしまうから。
僕たちの心境は、複雑だ。

滅多に会えなくなる。
平気な顔してるのは、少なくともそう見えるのは、当人と、ルナだけ。
それが、ずっと不思議だった。


二人の絆の強さは誰よりも知っているつもりだけれど、僕たちはまだまだ子供だ。

成長途中の僕たちだからこそ、その距離に惑わされることもあるだろう。
何しろ感情ってやつは目で見て確かめることが出来ないのだ。


日々が目まぐるしく過ぎてゆく中で、高々十五歳の子供が、たった一人への思いを貫き続けることが出来るのか。
成長してゆく互いを近くで見ることも叶わず、思うが故に疑心暗鬼になることもあるかもしれない。


なのにルナもカオルも、いつもピンと背筋を伸ばしている。
前を見つめて、迷うことなく将来へと続く道を進んでゆく。
そこに不安なんてない。


でも、ようやく合点がいった。
そう出来る理由が、この日記なのだ。


僕は笑った。
ルナが不思議そうに僕を見つめる。


「どうしたの?」
「いーや。なんでもない」


交換日記なんて、今時小学生でも“ない”。
見てる方が恥ずかしくなるくらい青臭い、お付き合い。


けれどそんなおままごとみたいなやり取りをくそ真面目に繰り返して。
この分厚い日記に、幾つもの出来事を刻んでゆけば。

やがて埋まって、そしてまた、次へと進む。

そしたら、ページを開く度に、思い出せるのだ。
共に過ごした日々を。
その瞬間を。


そこには確かに、互いへの想いが刻まれているのだから。




――でも、やっぱり……


僕は口元に手のひらを寄せた。


(甘すぎるだろ……)


だから、その日僕は砂を吐いた。







リク内容→初々しいカオルナ。

…………。

すみません。
初々しい = 交換日記

という図式が頭の中に浮かんで来まして。

最初はカオルとルナで普通に交換日記を書き合うのを想定していたのですが……。
こっちが耐えられないくらいのあっまあまに撃沈。

無理無理無理無理私には無理ぃぃぃとハワードに視点をチェンジしてみたらまあなんて書きやすいのかしら。
ハワード視点って多分一番書きやすいです。
わかりやすいからでしょうか?

対して一番やりにくいのが……ね。
あの無口な人ですよね。気を抜くとすぐ誰おまになるっていうね。
名前ははっきりとは出しませんがね…… (つかサイト内容を思えば出せない)。

後、基本的にコロニーの学校は英国式に夏休みを境に学年が変わる設定でお願いします。


※ 追記

ちなみにこのお話だけ、都合により他とは時空が異なります。
みんな留年してて、まだ中学三年生設定。

他のお話でカオルナがくっつくのは年齢で言うならば高校生あたり。
こっちは既にバカッポー。

そういえば説明してなかったよな、ということで追記でしたっ。









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