星の下 | ナノ







星 の 下
1000hit御礼記念小説







(1)

宝石を砕いて散りばめたような星空の下だった。
キラキラ、キラキラと輝いて、小さい頃から何度も足を運んだプラネタリウムのそれより、ずっと綺麗。

丸く大きな月は、包み込むような光をまとっていた。


こんな時間だというのに、辺りは音にあふれていた。

風が葉を撫でる音。
湖が、波を立てる音。
かすかに聞こえてくる、虫の声。
そして、バイオリン……。


――美しい調べだ、と思った。


体幹から力を抜き落とすようなE線の響き。

きりきりと、心の琴線に触れる。
神様の存在を、信じてみたくなるような……。


――けれど、悲しい調べだ、とも思った。


得体の知れない星に降り、明日をも知れぬ生活を強いられ、つきまとう不安を言葉にも出来ず。

怖い。
苦しい。
明確な明日が欲しい。

そんな感情が、確かに見え隠れする。


音楽にくわしいわけではない。
むしろ少し苦手な分野だ。

歌のテストなどではとにかく思い切りの良さくらいしか誉められた記憶がない。
笛を吹けばピー、と怪音が鳴り、ピアニカなど、片手をもつれさせて子犬のマーチが精一杯である。


それでも、他人の表情や態度でその人の感情を推測することは、得意な方だと思う。
だから、聞こえてくるのだろう。

強固な態度に隠れた彼女の本音が。
戸惑いが。


湖畔でバイオリンを一心不乱に弾くメノリを、ルナは完成間近の家の中から見つめていた。
ふっと目を閉じると、視界は閉ざされ、世界には、ただバイオリンの音のみが残って。


――全身が粟立つのを感じた。


外気が、少しだけ肌寒い。
ううん、それだけじゃないはずだ。


身を震わせたルナの背後で、静かに靴音がコン、と鳴った。






(2)


時計はない。
けれど、月の位置や体内時計で何となくはわかる。
もう――真夜中だ。

皆、ぐっすり夢の中だろうと思っていた。
ましてや、連日身を粉にして働き、誰しもがへとへとに疲れているはずである。

特に、力仕事ばかりを任せてしまっているベルや彼は――


「……どうかしたの?」


振り返り、返事が来ないであろうことは承知の上で、ルナは尋ねた。


「…………」


案の定、彼――カオルは何も言わない。
一瞬ルナに目線を向けただけで、次にはふい、とそらす。

何をするのかと首を傾げつつ彼を見ていれば、カオルはペットボトルをつかんで、そのままキャップを回した。

喉が渇いたのだろう。
ごくごく、と水を流し込む。


のど仏が上下に動くのが、こんな夜の闇の中なのにやけにはっきりと見えた。

片手で持ち上げるには意外と力がいる二リットルペットボトルを軽々と扱うのを見て、彼は意外と力持ちなのだと改めて知る。
ベルと比べれば、ずっと細い手首なのに。


「……なんだ」


ペットボトルを口から離し、カオルは静かに口を開いた。
目線は、相変わらずルナを見ないけれど。


ルナはあわてて首を振った。


「あ、ううん。何でもないんだけど……ほら、カオルってやっぱり男の子なんだなぁって」
「は?」


眉を寄せるカオル。
ルナは自分で言ったことなのにおかしくって、つい、ふふ、と微笑んだ。


「ううん、やっぱり何でもないわ」
「…………」


いぶかしげに眉を寄せるカオルから身体を半分そらし、目線をメノリへ移す。
もう半分の視覚に、聴覚に、カオルの気配を感じたまま。


バイオリンの音は、いよいよ高く震えだした。


「綺麗で、少しだけ悲しい。そう思わない?」


――それはメノリの、心。


やっぱり返事は返ってこないであろうこと承知で、ルナは言った。

彼が何を思っているかなんて、メノリ同様、ルナにはわからない。
推し量ることしか、出来ない。


それでも、どんな些細なことでも、少しずつわかり合いたいと思う。

例え報われなくたって、会話のとっかかりさえ無くしてしまったら、今以上に何もわからなくなるのだから。






(3)

やっぱり、彼は消えてしまった。
何も言わず、ただ背中だけを向けて、寝室へと帰る。


わかっていたことだけど、少しだけ、悲しい。
まだまだ彼は心を閉ざしたままだ。
メノリのように、バイオリンというはけ口もない。


ルナはため息をついた。


(――私は、あなたが心配なのよ)


頼りになる人。
だから、頼ってしまう人。

限界が見えない。
限界を伝えない。

だから、いつかその重圧に押しつぶされてしまうんじゃないかって。
時々、心配になるのだ。


全てを無にして押し隠してしまう。

もしかしたらつぶされてしまったその後も、何も言わないのではないだろうか。
それすらも受け入れて、一人、沈んでしまうのではないのだろうか。


不平不満なんて口にせず、そして、いつか――……


ルナは自分自身の想像に身震いした。

一体何が、彼をそうさせるのだろう。
一体何が、彼を自身を省みない人にしてしまったの。


(いつか、聞けたらいいな)


他人の価値観は、それを獲得するに至る理由は、聞かなければわからない。
聞いて、何が出来るかなんて思うのもおこがましいのかもしれない。

それでも聞いてみなければ、何かをしなければ、何も変わらない。

今のまま、ただ頼り続けていつか彼をつぶしてしまうかもしれない状況のまま、なのだ。



ルナは目を閉ざして、またメノリのバイオリンに聞き惚れた。

そこはかとなく響く哀愁は、やはり、消えない。
やがて音が消えて、しんと残る余韻にすら漂う。


じっと立ちつくし、輝く夜空を見上げるメノリを見て、ルナは悲しげに微笑んだ。








あとがき


お待たせいたしました、1000hit御礼文です。
アンケートにて一位になりました、「原作カオルナ」。

これまたカオルナと呼んで良いのやら、すごく微妙な出来でございます。
カオルナというより、ルナの苦悩?
カオル目線verも書いたらもうちょっとはそれらしく見えるかしら……。

えー、こちらは永久フリー作品です。
よくわからない、がっかりクオリティーですが、お気に入りくださいました方は、どうぞどうぞ、ご自由にもらってやってください。








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