きっとそうやって -1-
人は前を向いて進む。
そんな当たり前のことを、道行く人々を見つめ続けて、改めて知った。
そりゃ、後ろを向いて歩いたりなんかしたら、危ないものね。
横に視線を移したって、それはほんの一瞬のこと。
すぐにまた元に戻る。
でも、それってつまり、どういうことなのだろう。
頬杖をついて見つめる先の君
頬杖をつく。
みんな遅い。
いつもなら共に家を出るはずのチャコは、昨日からシンゴの家に遊びに行っている。
今日もシンゴと一緒に、直接ここに来るはずだ。
妙に仲のいい二人だから、それ自体は別に珍しい話でもなんでもない。
時間的にいえば、もう合流していてもおかしくはないのだけど……。
そっとお店にあるアンティークの時計を見る。
針は、十時十分を指し示していた。
約束の時間をもう十分もオーバーしている。
ハワードじゃあるまいし、まさかみんなそろって遅刻、という訳でもないだろう。
ルナはため息をついた。
夏休みに入って、既に一週間。
ほんの数年前まではいつもみんな一緒だったのに、時が進むにつれ、その内の何人かは、ここを離れて行ってしまった。
普通のクラスメイトたちと比べて、自分たちは夢を見つけるのがとても早かった分、それは仕方のないことなのかもしれない。
それでもこういう長期休暇には、決まってちゃんと帰ってくるから。
暇を見つけてみんなで一緒に遊ぼうという話が出てくるのは、当然のことで。
今日だってみんな、その予定だったはずだ。
“十時に、駅前の喫茶店”
シャアラは確かに、そう言っていたと思うのだけど……。
「…………」
チラリと、目の前に座る人物を見つめる。
目を伏せて、静かにカップに入ったコーヒーを口にしてた。
そんな、ともすればキザッたらしく見えてしまうポーズが、この人にはとてもよく似合う。
ルナは頬杖をついたまま、彼を見つけ続けた。
男の人なのに、まつげ、長い。
鼻筋も通っていて、瞳も切れ長なのに、ちゃんと二重で。
昔からどことなく雰囲気に漂ってた艶は、どうやらますます凄みを増したようだ。
黒い髪がエキゾチックな妖しさをかもし出していて、もう下手したら女の自分よりよっぽどセクシーなんじゃないかと思う。
道行く人ですら足を止めて魅入ってしまいそうな、強烈な存在感。
けれどそれだけじゃなくて、数ヶ月ぶりに会う彼にはどことなく五月の風のような爽やかさも帯びていた。
少し髪を切って、すっきりしたせいだろうか。
その姿は、まあとにかくかっこいい。
前々から端正な顔立ちだなぁとは思っていたけれど。
そんなことをつらつらと思いながら十秒ほど凝視していたら、目の前の綺麗に整った眉が少しだけ中央に寄った。
「……なんだ?」
低い声。
どこか甘くって、こういうのを人は美声というのだろうか。
「何でもない」
ルナは首を横に振った。
「みんな遅いね」
「……そうだな」
そう言いながらも、その声色に焦りはない。
感情を隠しがちな彼はともかく、自分のそれにまで。
ルナはストローを口に含み、オレンジジュースを吸い上げた。
「…………」
「…………」
沈黙が再び積もる。
けれどそこに気まずさを感じたりすることは、もうなかった。
むしろ穏やかで、心地よいとすら思う。
響く秒針の音が、恨めしいと感じるほど。
――……恨めしい?
ルナはそこで思考を止める。
――恨めしいって、何よ。
何故、そんなことを思ったのだろう。
この空間の居心地が、あまりに良くって。
だから、いつまでも続けばいいと。
そう思ったのだろうか。
――だとしたら、馬鹿じゃないの、私……。
もうすでに飲み干したガラスコップの中で、氷がカランと音をたてて崩れた。
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