影法師を踏む | ナノ



私という人
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田舎の家を離れて、比較的都会の高校へ通うために一人暮らしを始めた。
車の行き来が激しい大通りを外れた住宅地の中、ひっそりと佇むアパートの二階に住んでいる。

学校まで30分、スーパーまで15分、コンビニまで2分。
私の普段の行動範囲は学校とその反対方向にあるスーパーが限度である。
友達と楽しく話をしながら離れた駅ビルや商店街に行くこともなく、ただ一人静かに暮らしていた。
そもそも友達と呼べる友達がいない。

そんな私が一体どんな人間なのかと言うと、学校では根暗だと思われているのだろう。
目立ちもしない地味な外見に、外に出れば口数も少なく、一人でいることが多い。
自分で言うのも何だが、性格はサバサバしていて決して悪くはないはずだ。
口は悪いし根暗だってことも否定はしないけれども。

確かに友達はいないし、端から見れば寂しい私だけど、これで十分。
誰にも邪魔されることなく高校生活の一年を過ごせて不満はないのだ。
だが二年に上がって数ヶ月後に、私の平凡であり平穏な生活が、ほんの些細な出来事をきっかけに一転する。
ありがたくないのに、友達なんて、いらなかったのに。



*



過ごしやすかった春が去って、憂鬱な梅雨に入ってしまった。
湿度が高くじめじめした空気に気分まで暗くなって、昇降口で降り止まない雨を見上げてため息をついていたそんな日。
私は一人の女の子と対峙していた。

「傘持ってないんだろ、使えヨ。」
「勘弁してください。」
「ん。」

某作品の少年のようにん、ん!と強引に傘を私に押し付けようとする彼女は、一度見たら忘れられない朱色の髪に瓶底眼鏡を掛けていた。
傘を忘れて昇降口に座り込んでいた私に、補講でも受けていたのか遅れて慌ただしく駆けてきた少女は、私を見て、すかさず傘を差し出したのだ。

「私は大丈夫です、その内止むでしょうから。」
「いいから使うヨロシ。
私はもう一本持ってるから心配いらないネ。」

印象に残る語尾だな、外国人なのだろうか。
私に片手差し出したまま器用にもう片方の手で鞄の中から折り畳み傘を出して、彼女は笑った。

「お前みるからに体弱そうだから、遠慮するなヨ。
好意は有難く受け取るものでしょ。」

極めて健康体である私も、この言葉には頷かざるを得ない。
仕方なしにその手から傘を受け取ると、彼女もまた大きく頷いて、さっさと靴を履いて飛び出して行こうとした。

だが寸前で振り返って、人懐っこそうな笑みを浮かべる。

「私は神楽ネ!
お前、名前なんて言うアルか。」
「相楽、です。」
「下の名前ネ。」
「……千歳。」

ボソボソした声なのに彼女はちゃんと聞き取ってくれたようで、千歳か、と名前を繰り返した。
そして傘を返すのはいつでも良いと言って、今度こそ雨の中に消えていった。

折角傘を貸してもらったわけだから、雨が止むまで待つ必要はない。
今日はご飯作る時間も減ったと思っていたが、彼女のおかげで帰りに食材を買ってちゃんとした食事を作れそうだ。

押しボタン式の淡い黄色い傘を開くと、一面に愛らしい兎のイラストがちりばめられていた。
私には到底似合わない代物だ。

「…あっ、ありがとう言い忘れた。」


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